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第09話 鑑定の儀を受けに辺境伯の城へ-3

6日目の朝、まだ夜露の残る森の中で目を覚ますと、馬車の周囲には薄霧が立ち込めていた。


辺境の森は日中とは違った顔を見せ、木々の間から差し込む朝日がまるで魔法の光のように地面を照らす。


俺は布団代わりの毛布に包まりながら、昨日の森の恐怖を思い出す。


あの巨大狼のことを思い出すだけで、背筋がぞくぞくする。しかし同時に、母の冷静さと父たちの強さを思い出すと、不思議と少し安心もする。


「ヴェゼル、おはよう!」


馬車の隣に座るアビーが元気よく声をかけてくる。


まだ眠そうに目をこすりながらも、いつものように無邪気に笑っている。俺はしがみつくように座席に手を置き、あまりのかわいさに思わず目を細めてしまう。


「おはよう……アビー……」となんとか挨拶する俺に、アビーはぷくっと頬を膨らませる。


「なによ、その寝ぼけた声は。もっとしっかりしてよ! 今日魔物狩りとかあるんだから」


俺は小さくうなずくしかない。彼女の元気さは、本当に旅の潤滑油だ。とはいえ、俺の心が、全力で引っ張られることにまだ戸惑っている。


朝食は野営で簡単に済ませた。母オデッセイが魔物の襲撃に備えて準備してくれていた乾パンやハーブティーをみんなで口にする。


アビーはその間も、俺の手を引こうとする。5歳であっても、彼女の力強さに引きずられながら「待って待って!」と叫ぶ俺。


オヤジの精神が詰まっているせいで、ちょっとしたハプニングも笑いに変わる。


午前中は道すがら、比較的小物しかいなそうな場所で、探索と小ぶりな魔物を狙った狩りがメインだった。


途中、草むらの陰から巨大な毛虫のような魔物が出現。俺は悲鳴をあげそうになったが、アビーが「大丈夫! 私が先にやるから!」と叫び、短剣で魔物を切る。


俺は小さく「えっと、俺も手伝う……?」と短剣を手に取る。アビーはにっこり笑い、「いいよ、ヴェゼルは後ろで見てなさい」と言うのだが、目は期待に満ちている。


小いさなウサギのような魔物は二人の力でなんとか退けられ、昼の獲物として確保される。父二人はそれを指示し、手際よく解体の準備を始める。


俺とアビーは野営用の簡易テーブルで小さな包丁を渡され、練習として皮を剥いたり内臓を取り出したりする。


現世だったら、生き物を殺傷することに忌避感があったかもしれないけど、今はすんなりと受けいれられる。生きていくには仕方がないことだ。


アビーはぎこちなくも必死で俺の作業を手伝う。「ヴェゼル、そこもう少し力を入れて!」と指導される俺。


「いや、俺の方が経験値はあるはず……」と葛藤するが、この体では力も技術も追いつかず、彼女の指導に従うしかない。結果として二人で笑いながら作業することになる。


昼食はその獲物を焚き火で焼いた。


アビーは小さな手で火の番をし、俺に焼き加減を確認させる。


「ヴェゼル、これくらいでいい?」と聞かれ、俺は「う、うん、大丈夫……かな」と答える。


俺は火の熱さにビビりながらも、彼女と一緒に作ることが楽しかった。


焼きあがった魔物は意外にも柔らかく、クセもない。持ってきた塩を効かせ、母のオデッセイがその辺で摘んだハーブの香りが効いていて美味しい。


アビーは「ほら、食べてみて」と小さな口で差し出す。


俺は「いただきます」と言いながら美味しくいただく。あー、ここで酒があったらなぁ。と心の中で呟き、普段は昼食が社食やコンビニばかりだったことを思えば、異世界の野営飯は贅沢極まりない。


夕方、馬車で再び移動を始めると、森を抜けた平原に出た。


夜は野営場でテントを張り、焚き火を囲んでの夕食。


獲物を焼いたり、野菜を添えたり、簡単なスープを作る。アビーは小さな手でスープをかき混ぜ、「ヴェゼル、見ててね!」と自慢げに言う。


俺は「うん、上手にできてる」と褒めるが、この体では包丁を握る手がまだぎこちなく、ついアビーの小さな手とぶつかってしまう。


そのたびに二人で笑い、火の粉が顔に飛ぶと悲鳴を上げ、笑いが絶えない。





6日目から辺境伯領到着までの道中は、単体のゴブリンの魔物の襲撃と野営、獲物の狩猟と調理、そしてアビーとのコミカルなやり取りが交互に続く。


森の中での戦闘、休憩中の川での魚釣り、焚き火のそばでの笑い合い……一つ一つの出来事が、俺の冒険心と懐古心を刺激する。


時には馬車の車輪が砂利にひっかかり、二人で「うわっ、倒れる!」と大騒ぎすることもある。そんなとき、父たちは遠くから「しっかりしろ、ヴェゼル!」と叫び、母は静かに「落ち着いて」と声をかけてくれる。


そのたびに、家族の存在のありがたさを感じる。


アビーも小さく息をつきながら、「ヴェゼル、次はちゃんと支えてね」と言う。俺は、ただうなずくだけだ。



そして、7日目の夜、再び野営した焚き火のそばで、アビーがぽつりと言った。


「ねぇ、ヴェゼル……いつか、こうして二人で旅するのも悪くないかもね」


「あ、ああ……悪くないな」と答えると、アビーは小さく笑い、火の明かりが彼女の髪に反射して黄金色に光る。


こうして辺境伯領到着までの旅路は、魔物の恐怖、野営でのサバイバル、獲物の狩猟と調理、そしてアビーとのほのぼのした交流を交えながら進んでいった。


この体の俺とオヤジ脳の俺が混在する不思議な感覚の中で、異世界の旅は一歩一歩、確実に冒険として形を成していく。



辺境伯領が視界に入ったのは、旅路の八日目の夕方だった。


馬車の中で退屈しきっていた俺は、窓から顔を出した瞬間、思わず息を呑んだ。


目の前に現れたのは、巨大な10メートルを超えてそうな石壁だった。


遠目からでもその高さが伝わっていたのに、近づくほどにその威容は現実味を帯び、俺の幼い身体を包み込むように迫ってくる。


壁の石材は、一つ一つが人の背丈ほどもある巨岩で、緻密に積み上げられている。長年の風雨に晒されてもなお崩れる気配を見せず、むしろ苔や黒ずみがその頑丈さを証明していた。


夕日が傾き、赤い光が壁面に反射する。その光景は要塞というより、まるで燃え盛る巨人がそこに横たわっているようにも見える。


俺の脳内に、現代日本で遊んだRPGの光景がフラッシュバックする。けれど、これはポリゴンでもCGでもない。石の冷たさや、金属の鈍い光、兵士たちの緊張した息づかい――すべてが本物だ。


城門の両脇には槍を構えた兵士がずらりと並び、じっとこちらを睨んでいる。


銀に輝く鎧は夕日に照らされ、ぎらりと光る。その一瞬の反射で、まぶしさに思わず目を細めた。


彼らの槍の穂先は天を突くように揃えられ、隙がない。生半可な気持ちで近づけば、そのまま串刺しにされそうな威圧感があった。


その無言の圧に、馬車を引く馬さえも怯えたのか、ひづめの音が乱れ、車輪がぎしりと軋む。


御者が慌てて手綱を引き締める。


そのときらバーグマン・フォン・ヴェクスター男爵が、何の動揺も見せずにすっと腰を上げた。


分厚いマントの下から家紋を刻んだ銀の徽章を取り出し、堂々と掲げる。


「ヴェクスター男爵家とビック騎士爵家の馬車である」


低く、だがよく通る声で告げると、門番の兵士たちは一斉に動いた。


直立不動の姿勢で槍を立て直し、鎧の金属音が一斉に「カシャン」と響く。


そして先頭の兵士が右手を胸に当て、深く敬礼した。


「通行を許可します! 門を開けよ!」


その号令に応じ、巨大な鉄の門がゆっくりと動き出す。


「ギギギ……」と鉄が軋む音が辺りに響き、重厚な扉が左右に開かれていく。


分厚い鉄扉の内側から吹き込んできた風は冷たく、それでいてどこか湿り気を含んでいた。


俺の小さな心臓は「ゴクリ」と音を立てるほど喉を震わせる。


(うお……RPGだと絶対ここで「ようこそ○○城へ!」っていうテキストが出るやつだろ……!)


しかし現実はそんなに親切ではない。


門番は無言で俺たちに道を示すだけ。淡々としたその仕草に、逆に現実味が増していく。


馬車が門をくぐった瞬間、石畳の感触が車輪を通じて身体に伝わった。


「コトン、コトン」と軽やかな音が響き、俺は思わず窓からさらに身を乗り出す。


そこには、整然とした城下町の光景が広がっていた。


石造りの家々が規則正しく並び、道の両脇には露店や商家が軒を連ねる。


人々の服装は質素ながらも清潔で、子どもたちが追いかけっこをして遊んでいる。


通りを歩く商人の荷車には穀物や布、見慣れぬ果実まで積まれていて、ここが「辺境」だとは到底思えない賑わいがあった。



馬車は整備された大通りをまっすぐ進み、さらにその奥――城塞都市の中心にそびえる巨大な城へと向かっていく。


その光景を見上げながら、俺は小さな手をぎゅっと握りしめた。


(ここから、きっと何かが始まるんだ……! きっと。 ……はじまるよね?? ってか、はじまって!!!)



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