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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第85話 そして動き出す。

ヴェゼルは左手に小さな箱を握りしめながら、その目は昼も夜も、地図と人の顔と土の感触を追って離れなかった。


戦いはもう時間の問題だ。彼らに許された時間は十日——一刻の猶予も惜しい。


まずは実務だ。陶器職人マイラーとその娘サニーに無理を承知で命じる。


通常の赤土で構わない、小ぶりの壺と平たい皿状の器を、とにかく数を揃えてほしい。


数百に及ぶ仕事を一気に依頼するのは彼らにとっても酷だが、宣戦布告の噂を聞いたであろうマイラーは一瞬の躊躇もなく頷いた。


顔には疲労が刻まれているが、娘サニーの目は燃えていた。「領のために、出来ることをします」と。


同時並行で、ヴェゼルは領内で使える資源を洗い出した。


村の堆肥小屋に行き、その土に手を当て、薄黄色の粉を抽出していた。


顔には疲れが滲みサクラが心配そうな顔を見せるが、それを気にせずに黙々と続けた。


炭焼き小屋に足を運び、炭の粉を用意してもらう。


温かい湧き水のある場所を領民達に尋ねると、歩いて半日の場所に湯気が上がる小さな窪地があるという情報を掴んだ。


そこへ出向いたヴェゼルは、ひっそりとした場所で地面の香りを嗅ぎ、オデッセイと共に小さな調査を行う。


魔法の具現を利用して得られるものはある。だが、彼はその結果を口にせず、必要な者だけにだけ伝える。言葉は武器でもある。余計な噂は敵に利用される。


フリードは体を動かすことで気持ちを落ち着けた。


日中は領内の木々を相手に働き、聖の力で身体強化を発動して、先を尖らせる杭や背の高い障害物をせっせと作る。


男たちの手が次々と木を切り倒し、鋭利な杭が出来上がってゆく。サクラは上空を飛びながら、フリードに指示を出す。


「フリード! もうちょい右! そっちは左でしょ!」


そして、サクラはぶつぶつと「おうぎの形は」とブツブツつぶやきながら。


フリードの力があれば、通常なら日数のかかる作業も一気に進んだ。


彼はその速さに満足する風ではない。夜になると、オデッセイやヴェゼルと並んで静かに食卓につき、言葉少なげに家族や領民の安否を確認するだけだった。


オデッセイは昼夜を問わず、薬の調合をする薬研と試薬器具の前にいた。ヴェゼルの特別な物の調合。


硝石75%、炭15%、硫黄10%の割合。特に火の気に気をつけないと。


彼女の魔法は錬金のそれであり、戦術的な用途に回すには心が痛む領分でもある。


だが、目の中央にくっきり刻まれた疲労の痕は、彼女がもう逃げられない現実を受け入れている印でもあった。


ふと手を止めるとアクティの小さな寝顔が脳裏に浮かび、唇をかみしめてまた作業に戻る。


毎夜、ヴェゼルとフリードがオデッセイの隣で肩に手を置き眠る。そうするとオデッセイはようやく落ち着いて寝てくれる。しかし、オデッセイは、夜中に時々起きて、さめざめと泣いているときもある。


グロムとカムリは、徴募した村民たちをまとめ、長槍の訓練に汗を流す。通常使う二メートル前後の槍に加え、特別に長く組んだ五メートル級の槍を練り上げ、どう運ぶか、隊列をどう組むかを反復する。


長い武器は慣れが必要だが、遠距離で敵の騎馬隊を押しとどめるには有効だ。


ヴェゼル自身は見よう見まねでスリングの扱いも教え、非戦闘員に対しては投擲の基礎を繰り返し練習させた。


魔物の皮から作った紐はガゼールが各所を回って確保してきたものだ。


ガゼールはその紐の結び方や装具の補強を取り仕切り、実戦で使える工夫を次々と思いついては現場へ落とし込んでいく。


四日目、期待と心配が交錯する中で、マイラーとサニーが息を切らして領館にきた。


やつれた顔にほっとした微笑みを浮かべて、台車の布をめくると焼き上がった器が顔を出した。


小ぶりの壺が幾つも、平たい皿状の器が積まれている。


目を凝らせば、素地の焼き色は均一で、職人の誇りが窺える出来だった。


二人は泥と埃だらけだが、しかしどこか晴れやかだった。


ヴェゼルは深く頭を下げ、オデッセイとともに女性たちを招集した──家事手伝いや主婦の中で手先の器用な者たちを選び、作業に回すためだ。


夜通し、台所の一角では黙々とした作業が続いた。陶器に小さな仕掛けを仕込む者、蓋を確実に閉じる者、運搬用に箱詰めする者。火打ち石を扱える者が薄暗い灯りの下で試し打ちをする。火器は厳禁の作業だ。


老若男女が一つの目的に向かって歯を食いしばる。


誰も楽しげではないが、互いの顔には決意が刻まれていた。主婦たちの手は器用で、その集中力は予想以上の速さで作業を進めた。


サニーは疲れを見せず、黙々と並べ、マイラーも手を動かす。彼らが作った器は、ただの土の塊ではない。村の命をつなぐ小さな希望の形だ。


並行して、地形の整備も着々と進む。サクラが上空から調べて、ヴェゼルが定めた決戦場は西門を出て半日ほどの広い草原だった。


両脇を囲む森は厚く、敵の歩兵を分散させるにはうってつけの地形だ。


非戦闘員は森の奥の安全地帯に避難させ、主婦や年配者には食料と毛布を配る。年少の者や体の弱い者は、村の後方に固められる。


フリードはサクラの指示に従って、その配置を細かく指示し、木や枝を使って扇形に狭まる防御線を作らせた。


尖った杭が地面に打ち込まれ、木の柵が連なってゆく。フリードの動きは無駄がなく、まるで百人分の働きを一人で成し遂げるようだった。彼が刻む一つ一つの印は、家族を守る強さの象徴になっていく。


オデッセイは夜になると顔に影を作るほど疲れていたが、ふとした瞬間に小さな手のぬくもりを求めるようにアクティの寝顔を思い、ヴェゼルはそのままそばに寄り添って眠る。


親子のささやかな時間は、戦慄の続く日々の中で貴重な休息だった。


従者たちもまた、自分の役割を持って動いていた。グロムは長槍の隊列を檄し、カムリは若者たちの士気を高めるために夜間の訓練を課した。


七日目の夜、最後の詰めが行われた。


オデッセイは仕事場の前で静かに息をつく。「皆が無事でありますように」と呟き、ヴェゼルがそっと彼女の手を握る。その手は震えていたが、やがて強く握り返された。


村の背骨となる者たちの目には覚悟が宿っている。誰もが恐怖を抱えながらも、恐怖に飲まれはしなかった。


カムリが探ってきた情報だと、やはりサマーセット軍はありったけの戦力の約五千で攻めてくるのは、どうやら本当のことらしいことを掴んできた。


そして、気づけば十日が過ぎていた。時間は彼らの味方とはしてくれなかったが、村は変わった。


普段の緩やかな日常は消え、代わりに互いを助け合う節回しが生まれていた。瓦礫のように積み上げられた器たち、長く尖った杭の列、険しくも統率された槍列、疲れを滲ませながらも確かな技を見せる人々──それらはすべて、この領の抵抗の形であった。


ヴェゼルは草原の縁から夕陽を見やった。赤い光が地上を染め、杭の影が長く伸びる。胸の奥には静かな決意が息づいていた。まだ勝利は確定していない。しかし、村は戦う覚悟を整えた。彼らが守るべきもののために——十日の短い時間で、村は動き始めたのだ。





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