第78話 弟子?誰が誰の?
翌朝。
朝食を食べ終えたヴェゼルは、行儀が悪いが、口の中をもごもごしながら、椅子から立ち上がった。
「さて……そろそろ魔法の修練?修行?の時間かな」
「よーし、今日も庭でアビーの魔法を見てるね」
「うんっ!」
アビーは張り切って椅子から立ち上がる。
――と、その時だった。
「ヴェ~~ゼ~~ル~~さまぁぁぁあああ!!!」
バァァァン!!
扉が勢いよく開かれたかと思うと、目がギラギラに輝いた人影が飛び込んできた。
「……へ?」
「え、えぇ……」
すわ襲撃か!と身構えるグロムとトレノ。
そして、呆気にとられるヴェゼルとアビー。
現れたのは――昨日まで“真面目堅物代表”だったはずの、魔法省第五席・ヴァリーだった。
しかも今日は違う。
普段はおとなしく結った髪がほどけかけ、頬は上気して、瞳がまるで宝石のようにキラッキラしている。
まるで恋する乙女そのものだ。
「ヴェゼル様ぁぁ! 私を! どうか私を!! あなたの弟子にしてくださぁぁぁいっ!!」
「……はいぃぃぃ?」
ヴェゼルは思わず耳を疑った。
――魔法省第五席。
帝国で五本の指に入る実力者。
準男爵の爵位すら持っている超エリート。
そんな人物が、まだ六歳の自分に頭を下げている。
「ど、どういうことですか、ヴァリーさん……?」
アビーが恐る恐る問いかける。
ヴァリーはキラキラのまま、身振り手振りを交えて語り始めた。
「昨日! あなたが話されていた“酸素を取り込むと火炎温度が上がる”というお話! あれを実際に試してみたのです! すると――あら不思議! 私の火炎魔法の威力が今までの三倍以上に高まったのです!!」
「……マジですか」
「マジです!」
ズビシィ!と人差し指を突き出すヴァリー。
「これは革命! まさに魔法革命です! ですから私も、是非アビー嬢と一緒に学ばせていただきたいのです!」
「えぇぇぇ……」
ヴェゼルは額を押さえる。
どう考えてもおかしい。というか、ありえない。
「だ、だって……魔法省の十席以上は準男爵の爵位が与えられるって聞きましたよ。あなた、立派な準男爵じゃないですか。そんな人が“ハズレ魔法”と呼ばれてる六歳児に弟子入りって……どう考えても格好つかないでしょ」
普通ならそう突っぱねられて終わりの話だ。
だがヴァリーは違った。
「大丈夫です!!」
「いや、大丈夫じゃないでしょ!」
「大丈夫ですとも! もし弟子にしていただけるなら……その……添い寝でも……お金でも……この身でも捧げます!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!?」
ヴェゼルの悲鳴が部屋にこだました。
アビーはお茶を噴きそうになり、咳き込む。
「ヴ、ヴァリーさん!? な、なに言ってるんですか!?」
「お願いします!! それにわたし、まだですから!まだ未体験だから安心してください!」
ヴァリーは床に膝をつき、両手を合わせて祈るようにヴェゼルを見上げる。
その潤んだ瞳は、もはや“教えを請う弟子”というより“告白する乙女”にしか見えない。
(やばい、この人……完全にスイッチ入っちゃってる……!)
困り果てたヴェゼルはアビーに助けを求める視線を送る。
だが――
「……教えてあげてほしいです」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
まさかの背中押し。
「だって、一昨日の私の時もそうだったし……ヴァリーさんもきっと伸びるはず! ヴェゼルしか教えられないことなんだよ!」
アビーは真剣そのものだった。
(くそぅ……なんでみんな俺にそんな期待すんの……! 俺ただの“知識持ってるだけ六歳”だぞ!?)
「……わかりました。ただし! “弟子にする”とは言いませんよ。それと、あくまで秘密にすること。それが守れるなら、教えること自体は構いません」
「ありがとうございますぅぅぅぅぅ!!!」
ヴァリーは飛び上がって歓喜の舞を踊った。
机が揺れ、ティーカップがカタカタ鳴る。
「やったぁぁぁ! ついに私も、ヴェゼル塾の一員にぃぃぃ!!」
こうして急遽、講義?塾?は二人制となったのだった――。




