第76話 魔法修行の見学と助言のその後
午後、昼食を済ませたて、再び魔法の修行場に集まった。
朝の修行で手応えを得たアビーは、自信満々の表情で立ち上がる。
ヴァリーは並んで彼女を見守る。もちろん、ヴァリーはいつもどおりの真面目顔だが、その瞳の奥には、ほんの少しの好奇心と警戒が混ざっている。
アビーは勢いづき、両手の掌に小さな火球を生み出す。最初こそオレンジ色だった火球は、手の動きに合わせて黄色を帯び、さらに瞬間的に青白く光る。アビーは風を意識し、酸素を送り込むイメージで火を膨らませるたびに、炎は勢いを増していった。練習用の的に当たると、的は一瞬にして炭になってしまった。
「わ、私……できた! こんなに強い火の魔法、初めて!」
アビーの声は歓喜に震え、恐怖ではなく、心からの喜びが滲み出ていた。
その光景を見守るヴァリーは、言葉を失った。長年の経験で培った「魔法は鍛錬と才能で決まる」という確信が、今まさに揺らいでいる。わずか六歳の子供が、たったひとつの発想で魔法の壁を突破したのだ。
(魔法の真価は、属性や才能だけではない……思考、知識、そしてイメージ……この子はそれを理解した……)
ヴァリーは心の奥で自嘲する。
──私はなんと浅はかだったのだろう。ヴェゼルくんを“ハズレ魔法を授かった子供”と侮っていた。しかし彼はただの子供ではない。
彼女は無意識のうちにヴェゼルの横顔を見つめる。アビーの成功を誇示するわけでも、得意げに振る舞うわけでもない。静かに微笑む彼の姿は、年齢を超えた落ち着きを持ち、周囲の空気を和ませる力さえある。
そんな子の魔法が本当にただのハズレ魔法のわけがない。たとえ実際にハズレ魔法だったとしても、あの知識があれば…………。
「ヴェゼル様……」
ヴァリーは無意識に呟いた。
「あなたの魔法を、ぜひ拝見したいのです」
ヴェゼルは少し驚き、首を横に振る。
「僕の魔法なんて、大したものじゃないですよ。見ても面白くないと思う」
普通なら、ハズレ魔法を授かった子供は否定的になり、劣等感を漂わせるだろう。逆に、意地になって誇示する子もいるだろう。だがヴェゼルには、どちらの気配もない。淡々と、自分を過大評価も過小評価もせず、泰然としているだけだ。
ヴァリーの胸に、じわりと新しい感情が芽生える。
(この子は……いったい何者なのだろう? 本当にハズレ魔法なのだろうか?)
(いや……この目で彼の魔法を見たい……!)
アビーが横で気づく。
「そういえば、ヴェゼルの魔法、まともに見たことないかも」
ヴァリーは突然、両手をバタバタさせて小声で絶叫する。
「ちょっ……見せて! 見せてください!お願いだから! 入れるだけでいいの! 動かさないから! ほんの一瞬でいいの! 見るだけで……!あっ!」
その発言に、場は一瞬静止する。
「え……今、何を……?」
アビーは顔を真っ赤にし、ヴァリーは目を瞑り、肩を震わせている。まるで魔法に吸い込まれそうな勢いだ。
ヴェゼルは無表情で手をかざす。
「ヴァリーさん……本当に魔法省の人ですか?」
ポケットの中のサクラは大笑いし、グロムとトレノも肩を揺らして笑い、バーグマンは豪快に手を叩いた。
「ハハハ! 今日一番笑った!」
こうして、魔法修行場は真面目な指導の場というより、完全にコメディショーの様相を呈した。
しかしヴァリーは両手を組み、目をきらきらさせて必死に迫る。
「私、魔法省第五席ですけど、ここで威厳とか立場とか関係ありません! あなたの魔法が見たいんです! 膝枕でも添い寝でもしますから!」
「いや、膝枕も添い寝もいいから!」
ヴェゼルは即座に拒否。
「そうじゃなくて、子供に必死になってどうするのよ!」サクラがさらにこっそりと突っ込む。
「見直したとか言ってたけど、見直しすぎでしょ!」
場の空気は完全にシリアスから離れ、アビーもおかしそうに笑う。ヴァリーは頬を染めながらも、真剣な表情でヴェゼルを見つめる。
「冗談抜きで、本当に興味があるんです。あなたの魔法……どうしてもこの目で」
ヴェゼルは頭をかきながらため息をつく。
「……ほんと、参ったな」
その後もヴァリーは支離滅裂な要求を続ける。目を瞑ってるから魔法を使っているところを見せてほしい、見せるだけでいい、と。しかしヴェゼルは首を縦に振ることなく、静かにその場をやり過ごす。
魔法の修行場は真面目な指導どころか、完全にヴァリーのショーと化していたのであった。




