表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/344

第75話 翌朝魔法修行の見学と助言

アビーは真剣な面持ちで魔法の準備をしていた。


朝の中庭に漂う空気は、わずかに冷たく、しかしどこか重苦しい。


秋の心地よいさを感じさせる空気が、木々の影に落ちる影と混ざり、緊張を帯びているようだった。


アビーは何度も火球を生み出そうと挑戦するが、どれも弱々しく、赤く揺れる炎がひらひらと揺れるだけで消えてしまう。隣に立つヴァリーは腕を組み、鋭い視線を少女に向けながら、少し眉を寄せていた。


「アビー嬢、火は各属性魔法の基本です。もっと強く燃えることを意識するのです。赤い火、燃え盛る炎。あなたの心の中で、それを実感し、炎に注ぎ込むのです」


アビーは小さく頷くものの、唇を噛んで再度挑戦する。だが、火球は依然として頼りなく、赤い炎が揺れるばかりだった。


ヴァリーは少し焦れた様子で息を吐いた。


「……もう少し、意識を集中させられないものかしら」


時刻はそろそろ一時間が経過しようとしていた。ヴァリーはため息混じりに言った。




「ちょっと休憩しましょう」


アビーは肩を落とし、悩ましげに呟く。


「修行を始めたけど……魔法の威力が全然上がらない……」


「私、どこがダメなんだろう……」


それを聞いたヴェゼルは、思わず一歩踏み出す。


「……ねえ、ちょっといい?」


ヴァリーは振り返る。眉間に皺を寄せ、子供の口出しに対してほんのわずかの苛立ちを隠せない様子だ。


「……なに?」


ヴェゼルは落ち着いた声で、しかし確信を帯びて説明する。


「アビー、火が弱いのは、燃える材料が少ないからだよ。火は空気の中にある、より火を激しく燃やす「酸素」という物質に反応して火が強くなるんだ。だから、風を少し加えて「酸素」を送り込むイメージでやると、炎はもっと勢いよく燃えるはずだよ」


ヴァリーは思わず鼻で笑う。


「酸素? 物質? それを魔法の威力に絡めるのですか……? 火の強さは、属性とイメージで決まるのですよ。そんな理屈めいたものを加えたところで……」


しかしアビーは真剣な瞳でヴェゼルを見上げる。


「ヴェゼル……本当に、そんな方法で強くなるの?」


ヴェゼルは少し微笑み、頷いた。


「うん。やってみる価値はあると思う。炎の中に風を送り込むイメージで、燃える酸素の物質をより多くを送るようにイメージしてみて。それに、火の色も重要なんだ。赤だけじゃ弱い。オレンジ、黄色、白、そして青……火は温度が高いと色が変化する。より高温の色をイメージすると、もっと強力な炎になるんだ」


アビーは目を大きく見開き、深く息を吸った。これまで聞いたことのない概念に胸が高鳴る。


「わかった! やってみる!」


小さな手をかざし、呼吸を整える。集中するのは、炎と空気の流れ、酸素の動き、そして自分の心の熱。


「風を……送り込む……酸素を……燃える材料を……」


ふっと周囲の空気が動き、赤い火球が瞬時にオレンジへ変化し、さらに白く輝く炎となって舞い上がる。その火球は練習用の的を直撃し、一瞬にして的は炎に包まれた。


中庭に熱が広がり、周囲の小石がぱちぱちと弾け飛ぶ。


「きゃっ!」


思わず飛びのくアビー。グロムも眉を上げ、普段見せない驚きの表情を浮かべる。


だが、何より驚いたのはヴァリーだった。


「なっ……! な、どうして……!?」


自分が何週間も教え、停滞していたアビーの火の魔法が、ヴェゼルの一言でここまで変わるとは思わなかった。ヴァリーは長年の知識と経験を頼りに教えてきたが、目の前の現象は全てを打ち破っていた。


胸の奥に焦燥感と小さな屈辱が渦巻く。


「すごい……! ヴェゼル、すごいよ!」


アビーは両手をヴェゼルの肩に置き、跳ねるように喜びを表す。顔は紅潮し、全身から喜びがあふれ出す。


ヴェゼルは微かに笑う。


「やっぱり、火には風が必要なんだよ。二つの属性を組み合わせると、もっと強くなる」


その瞬間、ヴァリーは言葉を失う。


「……偶然、ね……これはきっと偶然よ……」


心の中で自分を必死に納得させようとするが、炎の白い光がその理屈を打ち消す。


長年積み重ねてきた経験を、一瞬で超えたような光景を前に、ヴァリーは思わず肩を揺らす。


ポケットの中でサクラは小さな拳を振り回す。


「ほら見たことか! 上から目線の人、ざまぁみろ!」


ヴェゼルは無表情のまま、心の中で「また面倒なことになりそうだな」と呟く。


ヴァリーは心の中で分析を続ける。


「こんな小さな子供が……でも、この子の知識と思考力で、これだけの魔法を操作できるとは……。魔法の価値は属性だけじゃない……人の想像力と工夫、そして的確な判断が、魔法の威力を大きく変えるのかも……」


ため息をひとつつき、ヴァリーはやや目を細める。


「……でも、まだ油断はできないわね。ほんの少しだけ、私もこの子の魔法を観察しておくべきかも……」


そして、ヴァリーは微かに笑みを浮かべ、アビーに向き直る。


「アビー、次はその方法で試してみましょう」


その表情は、以前のちょっと見下した態度ではなく、真剣な教師としての好奇心に変わっていた。


サクラはまだポケットの中でくすくす笑い、ヴェゼルは肩をすくめ、静かに次の展開を見守るのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ