第72話 商人の暗躍03
捕らえられた十名の盗賊たちは、村外れの古い石倉に縛り上げられていた。
松明の炎がゆらめき、石壁に彼らの影を不気味に映し出している。
「ひぃっ……殺さないでくれ! 俺たちは、ただ言われた通りにやっただけなんだ!」
ひとりが泣き声混じりに叫ぶ。
フリードが腕を組んだまま冷ややかに言った。
「言われた通り? 誰にだ」
盗賊たちは互いに顔を見合わせ、黙り込む。
その沈黙を破ったのはカムリだった。
カムリは腰を下ろし、捕虜のひとりの前にゆっくり歩み寄る。
「話す気はあるのですか? ないのでしょうか? ……まあ、いいですけどね。私の「おはなし」を聞いてからでも遅くないでしょう」
そう言って、にっこり笑う。
だがその笑みは温かさのかけらもなく、捕虜の背筋を凍らせるものだった。
しばらくして。
石倉の外で待っていたグロムとガゼールの耳に、絶叫と短い悲鳴とすすり泣きが漏れ聞こえた。
「……また始まったか」
グロムが肩をすくめる。
「カムリが“おはなし”をすると、相手は必ず口を割る」
ガゼールが淡々とつぶやく。
「だからこそカムリが一番恐ろしい」
やがて、カムリは何事もなかったかのように出てきた。
「聞いてきました。――黒幕の名前は“エコー”」
「エコー?」
フリードが眉をひそめる。
「姿は見せなかったそうです。サマーセットの領都の酒場で突然声をかけられて、良い儲け話があるからと。顔は覆面で常に覆われていたのでわからなかったそうです。あとは手紙だけで指示を出してきたと」
カムリの表情はまだ微笑んでいたが、その瞳には冷え冷えとした光が宿っていた。
「エコー……」
フリードはその名を呟き、拳を握った。
「粗悪な塩をばらまかせ、村を弱らせ、次に盗賊を潜り込ませて混乱を狙う……計画的すぎる。偶然じゃない」
「俺たちを試してるのかもな」
グロムが不機嫌そうに唸る。
「だとすれば、ここで止めねばならん」
フリードが静かに言った。
夜が明け始めていた。
村は祭りの余韻にまだ浸っていたが、ヴェゼルたちは知っている。
――これは、始まりにすぎない。
「エコー」
その正体はまだ霧の中。だが確かに、彼らの平穏を狙う不穏な影が存在している。
「オデッセイとヴェゼルにも伝えねばならんな」
フリードはそう言って歩き出した。
秋の澄んだ朝焼けが村を照らす中、次なる戦いの予兆だけが、静かに広がっていた。
「フリード様、「コレ」はどうしましょうか」
カムリは石倉の扉越しに低く問うた。月明かりが彼の頬を冷たく照らす。
フリードはしばし視線を巡らせ、やがて静かに吐き出した。
「お前に任せる」
その瞬間、カムリの顔に不意の笑みが浮かんだ。
「お任せを」――短い言葉に含まれたのは、容赦のない決意だった。
カムリは闇を切るように動いた。素早く、しかし無駄のない所作で縄を外し、捕らえられた男達の喉元に手を添える。
怯えた目がこちらを見上げる間にも、カムリの鋭いピック状の物が一度、二度と軽く振られた。血は出ない。男はその場に崩れ落ち、その後動かなくなった。
続けてもう一人、もう一人。カムリの動きは冷徹で、あとは流れ作業のように進んでいった。叫び声は一切出ず、石倉には重い静寂だけが残った。
作業が終わると、カムリは倒れた者たちを淡々と縛り直し、息を整えた。彼の目はまだ笑っている。だがその笑みは、村を守る者だけが許される冷徹さを宿していた。
あとは、……そうですね、……土に還しておきましょうか。
カムリは静かに呟き、夜の闇の中で小さく息を吐いた。




