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第71話 商人の暗躍02

 そして祭りの前日。


 ヴェゼルは左手にいつもの箱を持ちながら、村の様子を見回っていた。


 灯を吊るす若者たち、収穫物を持ち寄る農家の主婦たち、子どもたちの笑顔――表向きは平和で穏やかだ。


しかし、彼の胸ポケットには小さな相棒サクラが潜んでいる。近頃は村民以外の人間が多く出入りするため、妖精の存在を軽々しく晒すわけにはいかなかった。


サクラ自身も人目を避け、必要な時だけ姿を現すようにしている。


「ヴェゼル、あそこ……怪しい」


 囁く声と共に、サクラがひょいとポケットから飛び出した。明かりに舞う羽はわずかに光を反射し、小鳥ほどの影となって闇に溶ける。彼女は地面すれすれを滑るように飛び、木陰へ向かった。


 ヴェゼルは距離を取りながら後を追う。


 木の影に数人の商人風の男たちが集まっていた。それなりの服装だが、ただの商人にしては落ち着きがない。サクラは葉陰に身を隠し、耳を澄ませた。


「……明日の夜が好機だ。祭りでみんな浮かれている。領館の貯蔵庫にあるホーネット酒を、根こそぎいただくぞ」


「へっへっ、あの酒は高く売れるだろう。商都に持っていけば大金持ちだ」


「だが、盗みが難しけりゃ……毒を入れてやろうぜ。祭りの連中が苦しむ顔、想像するだけで笑える」


 ぞっとする会話に、サクラは思わず羽を震わせた。だが声を殺して最後まで聞き、すぐにヴェゼルの元へ戻る。


「ヴェゼル! あいつら、酒を盗むつもり! だめなら毒を入れるって!」


 報告を受けたヴェゼルは顔を険しくした。ホーネット酒は一年をかけてようやくできた村の誇りであり、領の重要な収入源にもなる。何より、毒の入った酒は人が口にすれば命にも関わる。


「……わかった。すぐにお母さんととお父さんに相談しよう」


 領館の執務室に人が集まった。


 オデッセイは渋い顔をし、フリードは黙って剣の手入れをしている。グロムは無言で腕を組んで、サクラも机の上で羽を震わせながら報告を繰り返した。


「なるほど。確かに目の付け所が良い。何も知らなかったら、ホーネット酒をが危なかったな。だが、あれを狙うとは、ずいぶん浅ましい連中だ」


「けど、万が一酒に毒を入れられたら……村全体が危ういわ」


 ヴェゼルは静かに頷いた。


「すぐにホーネット酒を領館の奥へ移動させよう。それとトレノには済まないが、移動した先で樽の見張りを念の為に頼む。そして、貯蔵庫には偽の樽を置く。奴らを誘き寄せて、現行犯で捕らえる」


「俺とグロム、それにカムリとガゼールで潜む。夜になったら貯蔵庫の周辺で隠れている」フリードが短く言った。


「じゃあ決まりね」オデッセイは目を細めた。


「奴らが毒を使うと言うなら、ついでにその証拠も押さえましょう」


 ヴェゼルは小さく笑みを浮かべた。


「どうせ祭りの夜だ。村人には一切悟らせずに済ませたいな。――黒幕がいるなら、その端緒も掴むんだ」




 翌日、秋祭りの朝。


 村の広場には色とりどりの旗が翻り、収穫物を山のように積んだ屋台が並んでいた。焼きたてのパンの香ばしい匂い、串焼き肉の香り、ホーネット酒の甘い香り――空気そのものが祭りに染まっている。子どもたちは歌い、若者たちは踊り、老人たちは満ち足りた顔でそれを眺めていた。


「おにーさま! これたべてみて!」


 アクティが笑顔で果実のタルトを差し出す。


村は普段の落ち着いた雰囲気とは違い、アクティや周囲の村民もどこか浮き立って見えた。


 ヴェゼルは笑って受け取り、口にした。控えめな甘酸っぱさと香ばしさが広がり、心までほぐれる。


村全体が幸福に包まれている。――だからこそ、裏で蠢く影を決して許すわけにはいかない。




 夕刻。


 広場では焚き火が組まれ、音楽と踊りが最高潮に達していた。ヴェゼルも表では笑顔を見せていたが、心の奥では緊張が解けなかった。


 一方その頃。領館裏の貯蔵庫。


 フリード、グロム、カムリ、ガゼールの四人が潜んでいた。皆、祭りの酒には一滴も口をつけていない。武器を確かめ、息を殺し、闇に目を慣らしている。


「そろそろ……来たな」


 グロムの低い声に、他の三人も頷いた。


 深夜。祭りが一段落し、村人たちが家々に戻り始めた頃。


 貯蔵庫の周囲に、黒い影が十ほど現れた。顔を布で覆い、手には鈍く光る短剣や棍棒。奴らは気配を殺していたつもりだが、鍛えた耳にははっきりと聞こえる。


「よし、やるぞ」


 先頭の男が囁いた。貯蔵庫の扉に手をかける――その瞬間。


「今だ!」


 フリードの号令と共に、待ち伏せしていた四人で飛び出した。


 だが、相手もただの商人に偽装した盗賊ではなかったようだ。


「ちっ、待ち伏せか!やってしまえ!」


その時、グロムとカムリとガゼールが拳大の袋を投げつけた。


 袋から白い粉を撒き散らし、フリードが火打石で火を飛ばす。瞬間、目もくらむような閃光と、白煙が爆発的に広がった。まるで雷が落ちたかのように辺りを照らし、同時に鼻をつく刺激臭が充満する。


「ぐっ……! 目が、目がぁ!」


「げほっ、げほっ!げほ」


 盗賊自たちが、全身に煙を浴びて苦しんでいる。


 ――それもそのはずだ。奴らが村人に売りつけた粗悪な塩こそが、この閃光煙玉の正体だったのだ。硫酸銅や水酸化マグネシウムなどの鉱物粉に火を入れることで強烈な光と煙を発する。


「自分たちの詐欺の産物で目くらましとは……笑わせる!」


 カムリが鼻布で口元を覆い、素早く敵の背後に回る。


 混乱する盗賊たちに、フリードの剣が閃いた。鈍器を振りかざしてきた相手の腕を弾き飛ばし、逆に柄で鳩尾を突く。呻き声を上げて倒れる盗賊。


「皆!殺さずに捕らえろ!ぬおおおおっ!」


 グロムは巨体を活かして二人まとめて押し倒し、肩で地面に叩きつける。骨の折れる音が響き、盗賊たちは悲鳴を上げた。


 ガゼールは槍を操り、煙の中でも正確に突きを放つ。布を裂き、腕をかすめ、敵は次々に武器を落とした。


「や、やめろ! 俺たちはただの……」


「ただの盗人ならまだしも、毒まで使おうとした連中だ。容赦はしない!」


 カムリの声は鋭く、怒気を含んでいた。


 白煙が薄れていく頃には、盗賊たちは全員地面に転がっていた。呻き声を漏らす者、縄で縛られ身動きできぬ者。



 フリードが剣を払って納め、静かに言う。


「全員捕らえた。……まさか、自分たちの売った粗悪塩で墓穴を掘るとはな」


 カムリが鼻で笑い、捕らえた男の髪をつかんで顔を上げさせる。


「さて、これからゆっくり話を聞きましょうか。村の誰も知らない、とても良い場所で」


 盗賊たちの顔が恐怖に引きつった。






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