第67話 陶器職人その2
一週間という時間は、待ち遠しくもあり、あっという間でもあった。
ヴェゼルたちは約束どおり、再びビートル村を訪ねた。
道すがら、ルークスは「売り出すとしたらどうやって宣伝するか」と考え込み、トレノは「今度はもっと上手に作れるかな」と考えていた。
サクラは例の陶像の出来栄えが気になるらしく、そわそわして落ち着かない。
工房に近づいたその時、土埃を巻き上げながら飛び出してきた人影があった。顔を真っ赤にしたサニーである。
「ヴェゼル様ぁっ!」
叫ぶやいなや、勢いよく飛びついてきた。突然のことにヴェゼルはよろめいたが、サニーの興奮が本物だとすぐに分かった。
「できたの! 本当にできたのよ!」
「落ち着いて、サニーさん」
「落ち着いていられないわ! 見に来て!」
手を引かれるままに工房へ入ると、マイラーが両腕を組んで仁王立ちしていた。その表情は職人としての誇りと驚愕とが入り混じったものだった。
「……見てくれ」
彼が指差した棚の上に、数点の器が並んでいた。
それは今まで帝国内では決して見られなかった色をしていた。赤茶色でも灰色でもない、透き通るような色は白に近い。釉薬が焼成の熱でガラス化し、光を柔らかく反射している。まるで雪の欠片を固めたような美しさだった。
「これが……」
ヴェゼルが息を呑むと、サニーが胸を張って言った。
「帝国初の白磁よ! あの土と粉のおかげで、本当にできたの!」
マイラーも興奮を隠せず、
「赤土を焼いても、こんな白さは出ない。まさか、鉄分を抜くなど……想像もせんかった。おまけにこの釉薬……ただの陶器とはまるで違う。これは……これは、宝だ!」
ルークスが食い入るように器を手に取り、目を皿のようにして眺める。
「こいつは……帝都に持っていったら貴族たちが飛びつくぞ! いや、帝都どころか、周辺諸国にも売れる!」
興奮して声を上げる伯父を見て、トレノも「すごい……本当に白い……」と呟いた。
一方、サクラはというと、自分の陶像に一直線だった。
「サ、サニー、私のは? どうなったの?!」
サニーが渋い顔で「う、うん……」と引き出してきたのは――確かにサクラを模した陶像だったが、当初の「盛りに盛ったナイスバディ」はどこへやら。
焼成の過程で収縮し、見事なまでに胸も腰も平らになっていた。
「な、なによこれぇぇ!」
サクラが叫んで項垂れると、工房の全員が腹を抱えて笑った。マイラーさえも、「すまん、だがこれはこれで味があるぞ」と言って苦笑していた。
ひとしきり笑い声が収まったあと、ヴェゼルは真剣な声で口を開いた。
「ただ、この白磁を作るには、赤土から鉄分を抜いた磁器土と、釉薬用の珪素が必要です。残念ながら、それは今は僕にしか作れません」
工房がしんと静まる。サニーもマイラーも、不安そうにヴェゼルを見つめた。
「だから、毎月――一月に一度、僕が用意できる分だけを渡すことにします。量は……バケツ一杯分の磁器土と、取れるだけの珪素。それ以上は無理です」
「……それでも、十分だ」
マイラーが深く頷く。
「私とサニーで必ず形にする。あんたが道を開いてくれたのだ、あとは私らが進む番だ」
サニーも真剣な瞳でヴェゼルを見上げた。
「ありがとう。私……この土を使って作る器を、一生の仕事にする!」
その言葉に、ヴェゼルは少し照れくさそうに微笑んだ。
そこへルークスが手を叩き、力強く言った。
「よし決まりだ! お前らが作った白磁は全部、ビック騎士爵家買い取る。俺が帝国中に売りさばいてやる!」
「ほんとに?!」とサニーが歓声を上げ、マイラーも「願ってもないことだ」と声を震わせた。
こうして、帝国初の白磁は確かな一歩を踏み出したのである。




