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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第601話 帝国図書館05〈シャムス帝国02〉

このような地に、争いが避けられるはずもなかった。


妖精を巡る不和は、やがて言葉を失い、剣と火へと姿を変える。


かつて調和を選び取ったラセードの治世は、血縁の中から芽吹いた欲と恐怖によって、内側から食い破られていった。


妖精は恵みをもたらす。だからこそ、支配すべきだ。


契約で縛り、力を搾り取り、より強き国を作るべきだ――。


そう唱える者たちは、自らを正義だと信じて疑わなかった。


内乱は苛烈を極めた。妖精を守ろうとする者と、利用しようとする者。


剣は交わされ、村は焼かれ、信頼は踏みにじられた。


そして――


ラセードは、敗北する。だが彼は、すべてを失う前に、最後の力を振り絞った。


自らの命と引き換えにしても守るべきものが、彼にはあった。


捕らえられる寸前、ラセードは妖精たちを逃がす。


夜の闇に紛れ、契約を解き、守りの結界を破り、妖精たちを散り散りに解き放った。


「生きろ」


それが、彼の最後の命令だった。


妖精たちは、この地を追われる。


森を失い、川を失い、名を呼んでくれる人間を失い――


行き場もなく、世界の隙間を彷徨うことになる。


やがて、途方に暮れる妖精たちの前に現れたのが、光の精霊たちだった。


彼らは戦わず、命じず、ただ静かに手を差し伸べた。


この地ではない、別の場所へ。


妖精が妖精として在れる、新たな世界へ。


こうして、妖精たちは導かれていく。


だが、その中に、一柱だけ――歩みを止めた者がいた。


錬金の妖精。


彼女は振り返り、焼け落ちた大地を見つめていた。


人と妖精が共に笑っていた日々。


カミアと共に、文化を作り、未来を夢見た時間。


ここに残るべきか。それとも、精霊と共に歩むべきか。


迷いは、契約の鎖によって、さらに深く縛られていた。


彼女は、まだカミアと契約したままだったのだ。


そのとき、光の精霊は告げる。


「汝は、選ぶべきだ、縛られたままでは、どこへも行けぬ」


精霊は、錬金の妖精の契約に触れた。


それは祝福であると同時に、呪縛でもあった。


――そして、その鎖は断ち切られる。


錬金の妖精の契約は解かれた。


それは、カミアとの契約すらも含めた、完全な破棄だった。


錬金の妖精は自由になった。


だが同時に、過去との繋がりと、自分の本来持つべき能力、そのすべて失った。


そうして妖精たちは、光の精霊に導かれ、新たな地に辿り着く。


後に、スクーピー精霊王国と呼ばれる場所である。




一方――


すべての者が去ったわけではなかった。


シャムスの地には、ただ一人、生き延びた者がいた。


ラセードの娘である。


彼女は、父の教えを胸に刻み、密かに妖精と契約していた。


水の妖精。


彼女は、その妖精に「アクア」という名を与えた。


追われ、隠れ、名を捨てながらも、彼女は生き延びる。


そしてその血を引く息子が、やがて力を蓄え、国を興す。




頁の最後に記された一文は、あまりにも静かで、それでいて重かった。



「それが、シャムス帝国の始まりだった」と。



――そう締めくくられた後に続く言葉は、記録というよりも、願いに近い。紙の繊維にまで染み込んだような、長い時間を経た祈りだった。


シャムス帝国は知っていた。妖精という存在が、再び争いを呼ぶことを。ゆえに誇示せず、隠し、守るという選択をしたこと。水の妖精アクアを中枢に据え、国家の礎として保護し続けたこと。


そして火山帯という土地の特性ゆえ、極めて低い確率で火の妖精が自然発生したこと――二柱の妖精を抱えながらも、侵略も被侵略も避け、鎖国に近い形で生き延びたシャムス帝国の在り方。


そのすべてが、淡々と、だが確かな重みをもって記されている。


だが――


永遠など、どこにもない。


水の妖精アクアはいずれ力を失い、消滅の淵に立つだろう。その時、これを読む者よ、どうか救ってほしい――


そこまで読んだところで、ヴェゼルの指先が止まった。


わずかに、息を吐く。


ため息というには静かで、だが確実に胸の奥に溜まっていたものを外へ逃がすような呼気だった。


視線が紙面から外れる。


――妙な話だ。


過去の誰かが、未来の誰かへ託した願い。それを、自分が受け取っているという事実が、ひどく現実味に欠けていた。


だが。


「……」


思考は、自然と別の点へと繋がる。


錬金の妖精とはアリア?


あの存在と、この記述の繋がり。


アトミカ教の初代教皇と契約していたという話。もしそれが事実なら、この書に記された「妖精と国家」という関係性とも符合する。


そして――シャムス帝国の妖精、アクア。


リョーガとユーガの顔が脳裏に浮かぶ。あの二人がやけに精霊や妖精の話題に敏感だった理由。それが、単なる知識欲や興味ではなく、何か具体的な“事情”に根差しているとすれば。


「……繋がっているのかもしれないな」


声には出さず、内心でだけ結論を置く。


だが同時に、違和感が残る。


この書は、あまりにも“視点”が高すぎる。


シャムス帝国の成立、その裏にある神の意思、未来に訪れるであろう衰退、そしてシャムス帝国の妖精の消滅すら見通したかのような記述。まるで時の流れを俯瞰する何者かが、後世へ向けて置いた“標”のようだった。


それでいて――


最後に添えられたのは、祈りだ。


「救ってほしい」と。


神話を語る者の筆致でありながら、国家の行く末を案じるような人間的な揺らぎがある。神の視座と、人の感情が、ひとつの文の中に同居している。


(誰が……書いたんだろう)


思考が、さらに深く沈む。


神か。


それとも、神に近しい何かか。


あるいは――


この世界の理から外れた、“異物”。


白い人型。


あの存在を、ふと連想する。


もし、あれと同質の何かが、この書を残したのだとすれば。


時間すら、意味を持たなくなる。


過去も未来も、一つの連なりとして見通す視点。


だからこそ、“予言”ではなく、“確定した未来”のように記されているのではないか。


だが――それでも。


ヴェゼルの思考は、そこで止まらない。


視線が、頁の文字へと戻る。(……なぜ、日本語なんだ)


この世界の文字ではない。




そして何より――


ヴェゼルが“読めてしまう”言語なのだ。


偶然では、あり得ない。


この書は、歴史書でありながら、その記述形式そのものが異質だ。


もしこれが純粋な記録であるならば、この世界の誰もが読める形で残すはずだ。


だが、そうはなっていない。


わざわざ、その中でもさらに特殊な――前世の記憶を持つ者でなければ理解できない言語で。


(……読む者を、選んでいるのか)自然と、そんな結論に至る。


この書は、不特定多数に向けられたものではない。


読むことができる“誰か”を、最初から想定している。


そして、その“誰か”に向けて――


「救ってほしい」と書いている。


(……つまり)


思考が、一段深く沈む。


前世の記憶を持つ存在。


この世界の理から外れた者。


時間や因果の外側に、半歩踏み出しているような存在。


それを前提として、この書は残されている。


(誰が……何のために)


疑問は、むしろ増えていく。


神が書いたのならば、なぜ直接干渉しないのか。


人が書いたのならば、なぜここまでの視点を持てる。


そして何より――なぜ“日本語”なのか。


まるで、同じ場所から来た者にしか届かぬように。


まるで、“同類”にだけ託すように。


(……分からないな)静かに、結論を置く。


情報は繋がり始めている。だが、まだ核に触れてはいないようだ。


むしろ、触れてはいけないものに近づいている感覚すらある。


ゆっくりと頁を閉じる。


古い紙が、わずかに軋む音を立てた。


その音が、やけに大きく感じられるほどに、思考は深く沈んでいた。


ヴェゼルはそのまま動かない。


ただ、視線を落としたまま――


自分が“選ばれてしまった可能性”と、答えの見えぬ問いを抱え、静かに沈思していた。






そのときだった。


視線の先に、老司書の姿がある。


先ほどと同じ位置。だが、その目は――明らかに変わっていた。


単なる監視ではない。


観察。


いや、それ以上に、確信に近い何かを帯びていた。






不本意ながら600話。。

もっとサクサクと進めたいけど、、

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