第600話 帝国図書館04〈シャムス帝国01〉
ヴェゼルは頁を指先で押さえ、わずかに呼吸を整えてから、視線を滑らせていく。
古びた紙は脆く、だがそこに刻まれた文字だけは、不思議と輪郭を失っていなかった。
時間に削られながらも、意味だけが残り続けているような感覚がある。
記述は、唐突ではなかった。
むしろ、静かに――あまりにも自然に、遠い時代へと導いていく。
――それは、世界がまだ現在の形へと落ち着く以前の時代。
理は定まらず、法則もまた揺らぎの中にあり、存在そのものが今ほど強固ではなかった頃のこと。
大地は幾度も姿を変え、生命はその都度、形を変えながら適応し、そして淘汰されていった。
その混沌の只中においても、ひとつだけ変わらぬものがあった。
世界を成り立たせる根源――意思。
それは神と呼ばれ、あるいは理そのものと認識され、しかし人の言葉では到底言い表せぬ“在り方”として、この世界に在った。
意思は、直接この地上に干渉することを好まなかった。
だが、均衡が崩れ、歪みが過度に広がるとき、その調整のために“代行者”を遣わす。
それが――
白い人型。
そう記された一文に、ヴェゼルの視線がわずかに止まる。
続く文章は、過度な装飾を排し、淡々と事実を積み重ねていく。
白い人型は、人の形をしていながら、人ではない。精霊とも妖精とも異なり、意思そのものを宿す“媒介”として現界する存在。それは感情を持たぬとされ、ただ均衡を保つためだけに行動する。
争いが拡大すれば、それを断ち切る。
力が偏れば、それを均す。
文明が過度に進めば、停滞させる。
あるいは――滅ぼす。
そこに善悪の概念はない。
ただ、世界を“あるべき状態”へと戻すための、機構の一部。
記述は冷静で、評価も感情も挟まれない。ただ事実として、それが在ったとだけ綴られている。
だが、その淡白さが、逆に異様だった。
まるで、実際にそれを“見ていた者”が書いたかのように。
ヴェゼルは無意識に頁をめくる。
白い人型が現れた事例。
それに伴う文明の崩壊。
あるいは再編。
断片的な記録が、時系列に沿って並べられているが、そのどれもが曖昧ではない。曖昧であってよいはずの“神話の領域”が、異様なほど具体性をもって記されている。
そのことが、逆に現実感を奪っていた。
――そして。
記述は、やがて緩やかに流れを変えていく。
世界の均衡が、次第に安定へと向かい始めた頃。
白い人型の出現頻度が減少し、代わって精霊や妖精といった存在が、より顕著に世界へ関与するようになる。
人と、それらの存在が“契約”という形で関係を結び始めた時代。
そこから、国家という概念が芽吹く。
その流れの中で、ひとつの土地に根を下ろした集団があった。
後に――シャムス帝国と呼ばれることになる、始まりの群れ。
そこまで読み進めたところで、ヴェゼルはわずかに目を細める。
不自然な飛躍はない。
神話から歴史へと移行する流れも、無理がない。
だが――
あまりにも“整いすぎている”。
まるで最初から、ここへ繋がるように構成されていたかのように。
そして何より。
この文章は、“知っている”。
過去を記録しているのではない。
過去から現在へ、さらにその先へと連なる流れを、ひとつの連続したものとして把握している視点。
それが、違和感の正体だった。
ヴェゼルは、頁の上に指を置いたまま、わずかに息を落とす。
――読むこと自体に、引っかかりはない。
むしろ滑らかすぎるほどだ。
だが、その滑らかさが、逆にこの書の異質さを際立たせていた。
まるで、自分が読むことを前提に書かれているかのような――そんな錯覚すら覚えるほどに。
――それは、まだ世界が自らの形を定めきれず、神の意思の代行者が直接、地上に影を落としていた時代のことだった。
秩序は未完成で、理は曖昧なまま、世界は幾度となく書き換えられていた。
その均衡を保つため、あるいは歪みを正すため、神たる意思は己の代弁者を地上へと遣わす。
白い人型。
意思を持たぬ神の手足にして、意志を持つ存在。
その手によって、一人の人間がこの世界へと堕とされた。
名を、カミアという。
彼女が最初に地上へ降り立ったのは、後にシャムス帝国と呼ばれることになる東方の地だった。
当時その地は、帝国どころか国と呼ぶにはあまりにも脆く、いくつもの小領主が土地と民を奪い合う、荒れ果てた境界の地に過ぎなかった。
山は荒れ、川は濁り、火山は時折、空を赤く染める。
魔物が跋扈し、人々は常に恐怖に追われ、疑心と猜疑が日常となっていた。
そして――
何の害もなさぬ妖精たちが、最も弱き存在として、その恐怖の矛先を向けられていた。
妖精は、豊穣を呼び、水を清め、土地に恵みをもたらす。
だが同時に、人の理解を超えた存在であるがゆえに、理由なき不安を呼び、忌み嫌われた。
作物が枯れれば妖精のせい。
疫病が流行れば妖精の呪い。
ただそこに在るというだけで、迫害され、追われ、時に狩られた。
それを見過ごさなかったのが、カミアだった。
彼女はこの地で、一人の男と出会う。
名を、ラセード。
小領主の一人に過ぎなかったが、剣よりも言葉を、力よりも理を信じる男だった。
混沌の時代にあってなお、話を聞き、考えることを捨てていなかった希少な人物でもある。
カミアは、彼に訴えた。
妖精は害ではないこと。
人と異なるだけで、世界を壊す存在ではないこと。
力で縛り、恐怖で従わせるのではなく、守り、共に生きることでこそ、土地は応えるのだと。
ラセードは、その言葉を即座に信じたわけではなかった。
だが、彼は拒絶もしなかった。
そして、自らの目で見て、確かめる道を選んだ。
結果として、彼はカミアの言葉が正しいと理解する。
ラセードは、妖精を保護することを決めた。
人と妖精が共に暮らし、互いに干渉しすぎぬ距離を保つ土地を築く。
その時代、妖精と人は、確かに共に生きていた。
恐怖ではなく、信頼の上に成り立つ関係が、短いながらも、この地には存在していた。
やがてカミアは、一柱の妖精と契約を結ぶ。
錬金の妖精。
物質を分解し、組み替え、別の価値へと昇華させる力を持つ妖精だった。
カミアは魔法の定義を紡ぎながらも、同時に錬金の妖精と共に、この地に数多の“文化”をもたらしていく。
米を育て、
大豆から醤油――ソイを醸し、
穀物を発酵させ、味噌――ヒシオを作る。
それらは、この世界の理からすれば奇異な技術だったが、人々の生活を確実に豊かにした。
カミアにとって、それはかつて生きた別の世界の、ごく日常的な記憶の再現に過ぎなかった。
さらに彼女は、ある「形」を再現する。
重心の位置。
斬るためではなく、初太刀にすべてを賭けるための構造。
その思想と技を、妖精を守るラセードに、ごく僅かに植え付ける。
剣の理、鍛え方、そして――覚悟の在り方。
しかし、それこそが――
白い人型の意に反した行為だった。
カミアは、本来、世界の魔法を体系化するために堕とされた存在だった。
文化を広め、それに現を抜かすことは、彼女の役割ではない。
だがカミアは、魔法の定義よりも、人と妖精の未来を選んだ。
目の前で救えるものを、見捨てることができなかった。
白い人型は、調整を行う。
カミアと錬金の妖精は、引き剥がされる。
東方の地から、強制的に弾き飛ばされる。
その行き着いた先が、後にアトゥミカ市国と呼ばれる地だった。
そこでカミアは、否応なく、世界の魔法体系の構築をその地で束縛され、強いられることになる。
だが――
彼女が去った東方の地では、静かに、確実に、均衡が崩れ始めていた。
かつて妖精を守っていたラセードの一族の中から、別の思想が芽吹く。
妖精と調和するのではなく、従属させ、使い潰すべきだという派閥。
妖精がいる土地は富む。
妖精を契約で縛れば、魔力は跳ね上がる。
ならば、力として使い尽くすべきだ、と。
理よりも、欲が勝った瞬間だった。
――そして、この地は、再び争いへと沈んでいく。
不人気回w 白い人型。
あー、600話突入。。
本来は100話、せめて200話で終わる予定が。。
ぐだぐだと、、もう600、、
大好きな、なろうの「戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。」
までの話数は行かないで終えたいです。。
あの小説は面白いから飽きないけど。。
私のは、、、




