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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第598話 帝国図書館03

図書館の重い扉が、鈍い音を立てて閉じる。


その瞬間、外界は完全に切り離された。


静寂――ただそれだけが、空間を満たしている。


ヴェゼルは一歩、足を踏み入れる。


視界の先、果てまで続くかのように、本が並んでいた。


高く積み上げられた書架が幾重にも連なり、整然と配置されたそれらは、まるで森のように視界を遮る。棚という棚に隙間なく詰め込まれた書物は、数千どころではきかない。


おそらくは万を超えるだろう――そんな確信めいた感覚があった。


現世においてすら、これほどの規模の図書館を見た記憶はあまりない。


それなのに、ここは異世界だ。


印刷技術は未発達で、書物は基本的に写本か、限られた工房による粗い印刷に頼っている。つまり一冊一冊が、時間と労力の結晶であり、それゆえに高価だ。


(……これだけ揃えるだけで、どれほどの金と人手が必要か)


自然と、そんな計算が頭をよぎる。


そして同時に理解する。(帝国の国力、か)


単なる文化施設ではない。これは明確な“力”だ。


知識を集め、独占し、蓄積する。それそのものが、他国に対する優位性となる。


ふと周囲に目をやる。


広大な空間に対して、人影は驚くほど少なかった。ぽつり、ぽつりと、間を空けて配置されたように読書に没頭する者たちがいるだけだ。年齢層も偏っている。学者然とした者、あるいは仕立ての良い服を纏った壮年の貴族と思しき人物。


子供の姿は――ほぼない。(まぁ、そうだろうな)


あの保証金と規則を思い出し、ヴェゼルは内心で苦笑する。


その横で、ひときわ分かりやすく感情を爆発させている存在がいた。


「……すごいです……!」


ジャスティだった。


目をこれ以上ないほど輝かせ、ふらふらと宙を漂いながら、一直線に書架の奥へと飛んでいく。もはや周囲など見えていない。完全に本へと引き寄せられていた。


その様子を見ていたトラビックが、肩をすくめるように小さく笑う。


「ジャスティさんは、私が見ておきましょう」


そう言って、軽く頭を下げると、ジャスティの後を追って歩いていった。


確かに、妖精が一人で飛び回りながら本を物色していれば、騒ぎになる。そうなる前に抑えてくれるのはありがたい。


一方でサクラは対照的だった。


胸元からひょいと顔を出し、きょろりと辺りを見回す。


だが次の瞬間には、ふっと興味を失ったように引っ込んだ。


(……分かりやすいな)


ヴェゼルは小さく息を吐き、とりあえず書架の間を歩き始める。


どんな本があるのか――まずはそれを把握する必要がある。


通路を進むたび、並ぶ書物の種類が変わる。魔法理論、歴史、地誌、薬学、宗教、法典。分野ごとに整然と区分されているが、そのどれもが重厚で、軽く手を伸ばすのをためらわせる気配を持っていた。


時折、すれ違う者がいる。


分厚い本を抱えた学者風の男が、こちらに気づいても無関心に通り過ぎる。あるいは、仕立ての良い服を着た壮年の男が、わずかに視線を向けてからすぐに興味を失う。


誰もが、ここでは“本”だけを見ている。


人ではない。


やがて、奥へ進むにつれて、さらに人の気配は薄れていった。


書架はより高く、より古びていく。木材は色褪せ、所々に補修の跡が見える。扱われる頻度が低いことが、空気そのものに滲んでいた。


石造りの通路はひんやりと冷たく、足音すら吸い込まれる。


そして――


最奥。


突き当たりの一角に辿り着いたとき、ヴェゼルは自然と足を止めた。


空気が、違う。


わずかに鼻をつくのは、古い紙と革が長い年月を経て滲ませた湿り気――かび臭さだった。それは不快というよりも、時間そのものが積み重なった匂いだ。


視線を上げる。


そこには「古代語」と分類された書架が並んでいた。


並ぶ書物はどれも重厚で、装丁は色褪せ、革はひび割れ、金具は鈍くくすんでいる。触れることすら躊躇わせる、そんな圧があった。


(……ほとんど誰も来ていないな)そう思わせる静けさ。


だが――


その中で、ひとつだけ。


違和感があった。


書架の一角。


ふと、視界に引っかかる。


他の本とは、明らかに異なる文字。


ヴェゼルは目を細める。


それは、この世界の表音文字ではない。


直線と曲線が混じり合い、それぞれが独立した意味を持つ記号として並んでいる。


見慣れている。


忘れるはずがない。


――日本語。


背表紙には、かすれてはいるが、確かに読める文字があった。


「シャムス帝国創世記」


胸の奥で、何かがわずかに揺れる。


だがその本は、自由に手に取れる状態ではなかった。


上下に金属の枠が設けられ、しっかりと固定されている。小さな鍵がかけられ、物理的に取り出せないよう封じられていた。


横には、古びた注意書きが添えられている。


――この一角の閲覧の際は、係の者を呼ぶこと。


その一文が、この本の価値と危うさを静かに物語っていた。








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