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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第593話 アヴァンタイムの本性

少し時は遡る。


帝都、魔法省の最奥にある執務室。


つい先日までこの部屋を使っていたのはブガッティだったが、その死の余韻がまだ部屋の至る所に染みついているにもかかわらず、喪も明けぬうちに新たな主が当然のように居座っていた。


外の喧騒は厚い扉と重い装飾に遮られ、室内は異様なほどに静まり返っている。


絨毯は足音を呑み込み、壁布は空気の揺れすら封じ、柔らかな灯りは落ち着きを装いながらも、むしろ影を濃く際立たせていた。


その中央、ゆったりとしたソファに身を深く沈め、グラスを傾けている男――アヴァンタイム『元』魔法省第二席。


甘みを帯びたワインがゆっくりと喉を滑り落ち、机の上では辛口の煙草が細く煙を立てている。甘苦が混ざり合うこの時間こそ、彼にとって何よりも満ち足りたひとときだった。


その傍らに、ひとりの男が控えている。


セブリング。魔法省第五席へと昇進したばかりの男であり、四十に差しかかろうという年齢にして、その目にはいやらしく絡みつくような光が宿っていた。


「これで……魔法省の頂点でございますな。魔法省第一席・アヴァンタイム様」


祝辞の形を取りながらも、その声音はどこか値踏みするように粘ついている。


アヴァンタイムはグラスを軽く揺らし、わずかに口元を歪めた。


「そうだな」


短く返したその一言には、隠そうともしない満足が滲んでいる。


セブリングはすかさず一歩踏み込み、腰を折ったまま顔だけを上げた。


「私にも……何かおこぼれを賜れれば、幸いに存じますが」


忠義ではなく、明確な打算。その視線はすでに先の利を見据えていた。


アヴァンタイムは一瞬だけ彼を見やり、鼻で笑う。


「忠勤に対しては報いねばならぬな……よかろう」


軽く投げるようなその言葉に、セブリングの背筋がわずかに伸びる。


「邪魔だった堅物のヴァリーも、もういない。そしてブガッティ殿も……つい先日、()()()()()で逝かれた」


セブリングはわざとらしく肩をすくめる。一拍置き、視線を細める。


「これで、アヴァンタイム様の御世は安泰ですな。……それと、あのガヤルド殿は、いかがいたしましょうか」


その問いに、アヴァンタイムは露骨に顔をしかめ、グラスを机に置いた。煙草を取り、ゆっくりと煙を吐き出す。


「……あれか。あれが私に何か報いたことがあるか?」


低く、冷えた声。


「口だけの出来損ないの魔法使い崩れ……いや、政治屋か。ああいう輩が最も邪魔だ」


吐き捨てるその言葉に、遠慮は微塵もなかった。


セブリングは満足げに頷く。


今や魔法省第一席。謀略と、宰相や貴族たちの恩寵を縫い合わせるようにして、アヴァンタイムは頂点へと辿り着いた。


ソファに深く身を預けたまま、彼は静かに言う。


「魔法はな、本来――我ら貴族に与えられた唯一無二の特権なのだ」


穏やかな口調とは裏腹に、その言葉には揺るぎない選民意識が滲んでいた。


「平民風情に優遇させるなど、愚の骨頂。ブガッティ……あの男は何も分かっていなかった」


かつての上司の名を、敬称なく口にする。


それが、この男の本質だった。


セブリングは深く頷き、完全な同意を示す。


二人は同じ側の人間だ。出自こそ違えど、どちらも“外れ”として扱われてきた者たち――セブリングは子爵家の四男、アヴァンタイムはとある事情により男爵家へと落とされた身。


だが今は違う。


アヴァンタイムはふと、思いついたように視線を向けた。


その瞬間、セブリングの目が鋭く光る。


「魔法省で管理する宝物庫……あそこを、お前に任せる」


一言で、空気が変わる。


「魔法省宮内部の長に任ずる。あそこはな、やり方次第で最も金になる場所だ」


口元が歪む。


「好きにするがいい。ただし――辻褄だけは合わせておけ」


その言葉に込められた意味を、セブリングは正確に理解していた。


一歩下がり、大仰に腰を折る。


「魔法省閣下、その大任……見事果たしてみせましょう」


大きく腕を振り上げるように礼をし、薄く張り付いた笑みを残したまま、部屋を後にする。


扉が静かに閉じる。


再び訪れる、重たい静寂。


アヴァンタイムはしばらく動かなかった。


やがて、グラスを手に取り――ゆっくりと蔑むような笑みが浮かぶ。


「……小物めが」


誰に聞かせるでもなく、低く吐き捨てた声は、静まり返った室内にわずかに沈んでいく。


セブリングは使える。だが、それだけの男だ。


宝物庫を任せれば、必ず手を汚す。大それた野心は持てぬが、小銭を掠め取り、その成果に酔う程度の器量はある。欲に忠実で、己の限界を過信している――だからこそ、扱いやすい。


アヴァンタイムは視線をわずかに落とし、指先でグラスの縁をなぞった。


「いずれ……罪を被ってもらわねばな」


淡々とした呟きが、やけに自然に零れる。


「私はこれまで本性を隠し、誠心誠意……このクソどもの帝国に尽くしてきたのだ」


わずかに歯を噛む気配だけが、その言葉の裏に沈んでいた。


帝国の至宝――エリクサー。


この世界に十と存在しない奇跡が、魔法省の宝物庫には三本も眠っていると聞く。その希少性ゆえ、金をいくら積もうと、それだけでは決して手に入らぬ代物だ。


それを盗み出したのはセブリング。発覚の兆しに怯え、追い詰められ、罪を背負ったまま自ら命を絶つ。そしてそのエリクサーは行方知れずとなるのだ。


そこまでの筋書きは、すでに整っている。


誰が真に利を得たかなど、辿り着ける者はいない。辻褄さえ整えておけば、この国の連中はそれで納得する。汚名も、疑念も、すべてはセブリング一人に集約されるのだ。


アヴァンタイムはグラスを持ち上げ、淡い液体を光に透かした。


「金は裏切らん」


ぽつりと落ちる言葉。


「いくらあっても困らぬ」


ようやく掴んだ第一席――それは甘美であり、同時に底の見えぬ井戸でもあった。


権力も、財も、名も、すべてはここから引き出せる。


本来であれば――


彼は、まったく別の場所に立っていたはずの人間だ。


前皇帝の弟。その血を引く男。


だがそれは、公に認められたものではない。侍女に手を出して生まれた庶子。その事実は、血の価値を認めながらも、同時にそれを穢れとして切り捨てるには十分だった。


結果として彼ら母子は、寄り子の男爵へと下げ渡される。


名ばかりの養子。血はあれど、家ではない。


表向きは体裁のために穏便に、そして家内では当然のように冷遇され、存在しないものとして扱われる日々。


その中で、アヴァンタイムは己を殺した。


だが、神は彼を見捨てなかったのだ。高位貴族家の血を引いているからか、魔法には稀有な才覚が発現していたのだ。


怒りも、誇りも、すべて押し殺し、ただひたすらに才覚と結果だけを積み上げる。魔法省に入り、頭を垂れ、従い、耐え、愛想笑いをして媚び、謀略で同僚を蹴落として――そうしてここまで登り詰めた。



だが。


「この帝国など……」


言いかけて、息を吐く。


恩など、ひとつもない。あるのは、利用すべき場所としての価値だけだ。


ふと、思考が歪むように別の方向へと滑る。


もし。


もしも自分が、公に認められていたならば。


公爵の子として扱われ、皇族に連なる血として育てられていたならば――


現宰相。現皇帝の義兄であるあの男ですら、その座に就いていなかったかもしれない。あの男の母もまた、決して高貴とは言えぬ出自だった。


ならば、自分がそこにいたとしても、おかしくはなかったはずなのだ。


その思いは、理屈ではなく、澱のように沈み続けている。


アヴァンタイムの口元が、わずかに歪んだ。


「……そういえば」


ブガッティ。


あの男がエリクサーを持っていたという噂。


そして、それを――あの忌々しい小僧に譲る約束をしていたという話。


ヴェゼル。


その名を思い浮かべた瞬間、冷えた愉悦が胸の奥に広がる。


「使えるな」


静かに言い切る。


セブリングが盗んだという筋書きは既に決まっている。だが、万一に備え、混乱の種は多い方がいい。ブガッティが持ち出したという噂を流し、真偽を曖昧にし、最後にすべてをビック家、最悪はセブリングへ収束させる。


その過程で、ヴェゼルを巻き込むのだ。


正面から奪う必要はない。周囲から崩せばいい。関係者を洗い、弱みを探り、繋がりを断つ。その中でエリクサーが手に入れば僥倖。手に入らずとも、偽装の材料としては十分だ。


しかも――


「あの宰相も、あの小僧を危険視している」


小さく笑う。


火種としては、これ以上ない。


万が一、両者が衝突すれば――どちらが倒れようと構わない。


宰相が消えれば席が空く。ヴェゼルが消えれば脅威が消える。共倒れならば、なお良い。


いずれにせよ、自分に損はない。


むしろ、盤面はより整う。


ブガッティの残した縁。


そして、最後の弟子と称する女――アプローズ。


「セブリングに調べさせるか」


先ほど退出した男の顔が脳裏をよぎる。


あれは、こういう役目のためにいる。


思考の中で、筋書きが静かに組み上がっていく。無理はない。歪みもない。ただ自然に、必然のように破滅へと至る流れが整えられていく。


アヴァンタイムは再びグラスを傾けた。


今日はワインの甘みと煙草の苦味が、やけに心地よかった。

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