第587話 聴取01
「こちらまでご同行願いましょうか」
城門の脇に立つ兵士の声は、抑えているつもりでもどこか硬かった。
検問に慣れた口調ではあるが、相手がただの旅人ではないと察しているのだろう。周囲に立つ数人の兵士も、さりげなく位置を変えて道を塞ぐ形になっている。
ヴェゼルは横目でフリードの顔を見た。
フリードは肩を軽くすくめ、ため息のように言った。
「ま、話を聞こうか」
その声には、面倒だが逃げるほどのことでもない、という気安さがあった。フリードは兵士の横を通り、何の警戒もない足取りで歩き出す。まるで領地の役所にでも入るかのような気楽さだった。
ヴェゼルもその背中についていく。
アプローズは二人の後ろで小さく呟いた。
「私は……そんなこと、していない……」
その声は、自分に言い聞かせるようでもあり、誰かに信じてほしいと願うようでもあった。
ヴェゼルは歩みを少し緩め、隣に並ぶと、そっとアプローズの手を握った。冷たい指だった。震えているのがはっきり分かる。
ヴェゼルは何も言わず、ただ静かに頷いた。
それだけで十分だと言うように。
アプローズは一瞬だけ目を伏せ、それから小さく息を吐いた。完全に落ち着いたわけではないが、少なくとも先ほどよりは呼吸が整っている。
兵士たちはその様子をちらりと見ただけで、特に何も言わず歩き続けた。
やがて三人は門の脇にある詰所へと連れていかれた。
帝都の巨大な城門の影に寄り添うように建てられた石造りの詰所は、外から見るよりもずっと無骨で閉塞感のある建物だった。灰色の石壁は長年の風雨にさらされて黒ずみ、石の継ぎ目には煤のような汚れが染み込んでいる。
城門の巨大なアーチが落とす影の中に半ば埋もれるように建っているせいで、昼間だというのに建物の輪郭はどこか沈んで見えた。
狭い窓には鉄格子がはめられている。内側の暗さのせいで、そこから中を覗き込むことはできない。ただ、奥で何かが動く影だけが、ときおりわずかに揺れているのが見える。
扉の向こうからは、革鎧が擦れる音や、金具の触れ合う乾いた響きが聞こえていた。
低い声で交わされる兵士たちの会話も、とぎれとぎれに漏れてくる。誰かが笑い、別の誰かが短く叱るような声を返す。城門の警備所らしい、粗雑で忙しい空気だった。
先導していた兵士が重い木の扉を押し開ける。
蝶番がぎ、と鈍く鳴った。
扉をくぐった瞬間、空気が変わる。
乾いた革と油の匂い、そして鉄の匂いが鼻をついた。城門の外の風に混じる土や馬の匂いとは違う、閉じた場所特有の重たい空気だった。
壁際には槍と盾が整然と並べられていた。使い込まれた柄には手の跡が黒く残り、鉄の穂先は油で鈍く光っている。その下には古い木箱や縄束が積まれており、荷物の検査や押収に使う道具なのだろう。
部屋の中央には粗末な机がいくつか並んでいた。机の上には書き板や封蝋の欠片、割れた羽ペンなどが雑然と散らばっている。書類の束が紐でまとめられ、片隅には半分乾いたインク壺が転がっていた。
城門の警備と検問を兼ねた場所らしく、どこか雑然とした緊張が漂っている。
何人かの兵士が、入ってきた三人に視線を向けた。
その目には好奇心と警戒が半々に混じっている。旅人の揉め事は珍しくないが、魔法省の名が出たとなれば話は別だ。
「この女だ」先導していた兵士が短く言う。
それだけで事情は通じたらしく、奥にいた兵士が頷いた。
「……こっちだ」
アプローズはそのまま別室へと連れて行かれた。
腕を掴まれるほどではないが、兵士が半歩前に出て自然に進路を示す。その態度は丁重とも乱暴とも言えない、ただ仕事として人を動かしているだけのものだった。
連れて行かれる直前、アプローズは振り返った。
その視線はまっすぐヴェゼルの方を向いていた。
瞳の奥には、はっきりとした不安が浮かんでいる。だがそれだけではない。自分が巻き込んでしまったことへの申し訳なさも、隠しきれないほどに滲んでいた。
唇がわずかに動く。
何か言おうとしたのだろう。
「……」
だが結局、その言葉は出てこなかった。代わりに小さく息を吸い、そしてやめたように口を閉じる。
ヴェゼルは小さく首を振った。
――気にすることはない。
そう言う代わりの仕草だった。
声にすれば、かえって彼女の不安を強める気がした。だから言葉にはしない。ただ視線だけで伝える。
だが、それが彼女に届いたのかどうかは分からない。
兵士が扉を開ける。重い木の板が動き、蝶番が鈍い音を立てる。
アプローズはそのまま中へと入っていった。
次の瞬間、扉が閉まる。
どん、と低い音が詰所の奥に響いた。
それでアプローズの姿は完全に見えなくなった。




