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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第586話 帝都へ

街道の果てに、ついに帝都の城壁がその全貌を現した。


遠目に見えていた灰色の線は、近づくにつれて次第に高さを増し、やがて空を切り裂く巨大な石壁へと姿を変えていく。


石を積み上げたというより、山そのものを削り出して築いたかのような威容で、継ぎ目の見えない巨石が幾層にも重なり合い、帝都という都市を外界から隔てる絶対の境界を形作っていた。


風に吹かれて砂塵が舞い、その前を行き交う旅人や商人の姿は、壁の巨大さの前では小さな影にしか見えない。


そしてフリードたちは、ついにその門前へと辿り着いた。


帝都というだけあって、その城壁はただの防御施設ではなかった。


見上げれば首が痛くなるほど高く、石壁は空を押し上げるかのようにそびえ立っている。


石材の一つ一つが家屋ほどの大きさを持ち、壁の表面には長い年月の風雨で削られた筋が刻まれていた。


それでもなお威厳は失われず、むしろ時代の重みをまとっているようだった。


ヴェゼルはこの場所を訪れるのは二度目だったが、それでも思わず足を止めてしまう。


外の荒野を行き交う旅人や商人たちと同じように、彼もまた口をわずかに開けて城壁を見上げていた。


ポケットの中が、もぞりと動く。


「……おお」


小さな声とともに、ポケットからひょこりとジャスティが顔を出した。小さな手で縁を掴みながら、同じように空を見上げている。


「うわぁ……すごいですね。私、こんな巨大な壁、初めて見ました。これだと図書館もすごそうですね!」


素直な感嘆だった。壁よりも図書館を先に想像するあたりが、いかにもジャスティらしい。


それを聞きながら、フリードは少し目を細めた。


「おれはいつ以来だろうなぁ……父が死んで襲爵して以来かもしれんな」


どこか遠くを見るような声だったが、感傷に浸る様子はない。ただ事実を思い出しただけのような、領主らしい淡々とした響きだった。


やがて一行は、帝都の正門へと歩みを進める。


巨大な門の前には、すでに多くの人が集まっていた。門の前には自然と二つの列ができている。左側の列は妙に短く、並んでいる者たちは皆、仕立ての良い衣装をまとっていた。


飾り立てられた馬車や、金具が光る馬具を付けた馬、整列した従者たち。見るからに貴族の一団だった。


一方で右側の列は、遥か後方まで伸びる長蛇の列だ。荷を満載した荷車、砂埃にまみれた旅人、鎧を着た傭兵の一団、布袋を背負った行商人。帝都へ入ろうとするあらゆる人間がそこに集まっている。


「左は貴族用の門ですよ。右は一般です。普通に入るなら右側ですね」


横でアプローズが静かに言った。


言葉は落ち着いていたが、その目は周囲をよく観察していた。帝都に近づいてからというもの、彼女はどこか神経を研ぎ澄ませているようだった。


フリードは少しだけ考え込むと、鞍袋に手を入れる。


「確か……これが使えるはずなんだがな」


取り出したのは、銀のメダルだった。紋章が刻まれているそれは、旅装に似合わないほど重厚な光を放っている。


右側の列では荷物の検査がかなり厳重に行われていた。箱を開けさせ、袋をひっくり返し、荷物の数まで詳細に確認している。一方、左の列は比較的簡素だ。


貴族の身分証明が確認できれば、あとは軽く形式的な検査だけで通しているようだった。


フリードは迷いなく左の列へと馬を進めた。貴族の列は短い。順番はあっという間に回ってきた。


だが――門番の兵士たちは、近づいてきた一行を見て、あからさまに眉をひそめた。


馬車ではなく、馬が二頭。大人の男女に子供が一人。しかも旅の埃を被ったままの装いで、衣服は擦り切れ、宿に泊まらず急いで来たのが一目で分かる格好だった。


遠目には、貴族どころか浮浪者の一歩手前にも見える。門番の一人が、露骨に不機嫌な声を出した。


「ここは貴族専用の門だ。お前らのような貧相な連中が並ぶ場所ではないぞ?」


その声にも、フリードはまったく反応を示さなかった。


代わりに、無言で銀のメダルを差し出す。


兵士はそれを受け取ると、怪訝そうに表面を眺めた。刻まれている紋章を指でなぞり、首を傾げる。


「これは……?」


しばらく見てから、怪訝なまま顔を上げた。


「これがなんだというのだ?」


その問いに、フリードは一拍置く。


そして胸を張り、堂々と名乗った。


「ビック領。フリード・フォン・ビック騎士爵だ。皇帝陛下へ話があって参上した」


その名が空気に落ちた瞬間だった。守備兵の目が、はっきりと見開かれる。


次の瞬間、隣にいた兵士が弾かれたように振り返り、そのまま門の奥へと駆け出した。


周囲で、ざわめきが広がる。


「まさか……」「教国との戦争の……?」「教国金救国勲章の――」


囁きは一瞬で広がり、右側の列の商人たちまでもがこちらを見始める。門の内側から、さらに兵士が集まり始めた。槍を持った兵が数人、続いて十人ほど。あっという間に周囲の空気が張り詰める。


門番の兵士が、慎重な声で言った。


「……そちらのお付きの方は?」


ヴェゼルは一歩前に出て、静かに答える。


「ビック家嫡男、ヴェゼル・パロ・ビックです」


続いてアプローズも口を開いた。


「……元魔法省の、アプローズです」


その言葉が落ちた瞬間だった。背後から、重い足音が近づいてくる。


振り返ると、兵士たちを従えた一人の男が現れていた。鎧の意匠からして、部隊長格であるのは明らかだ。男は一行をゆっくりと見回し、最後にアプローズへ視線を止めた。


そして、低い声で言った。


「アプローズ殿。あなたには魔法省から、窃盗および情報漏洩の嫌疑がかかっている」


空気が、ぴたりと止まる。


「大人しく同行していただこう」


男の視線がフリードへ移る。


「同行しているフリード・フォン・ビック殿と、その息子ヴェゼル殿にも、事情聴取のため同行願う」


気づけば、兵士たちが円を作っていた。


槍も剣も抜いてはいない。だが距離は完全に包囲の形で、いつでも動ける態勢だった。


ヴェゼルは一瞬、どう動くべきか迷い、フリードを見る。


フリードはゆっくりと首を横に振った。


抵抗するな――その合図だった。


ヴェゼルは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。


一方、アプローズは完全に狼狽していた。


「窃盗……? 情報漏洩……?」


顔を真っ赤にしながら、思わず声を荒げる。


「なぜ僕がそんなことを!」


怒りと困惑が混ざった声が門前に響いた。しかし兵士たちは顔色一つ変えず、ただ静かに包囲の輪を保ったまま動かない。槍は下げられているが、距離は詰められ、逃げ道はすでに塞がれている。


帝都の巨大な門の前で、人々のざわめきが波のように広がっていく。貴族の列も、商人の列も、いつの間にか視線はこちらに集まっていた。


ヴェゼルはその空気を一度だけ見回し、そして小さく息を吐く。


――帝都に着いた途端、これか。


そう思いながらも、表情だけは何事もないように整えた。帝都という場所が、どういう都市なのかを思い出すには、十分すぎる歓迎だった。



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