SS ホワイトデー〈白い人型03〉
夢を見ていた。
それは、前世の記憶だと、目覚める前から分かっていた。
会社員だった。
仕事は忙しく、息つく暇もなく、毎日が締切と修正の繰り返し。デザインの仕事で、頭を使い続ける日々だった。
それでも、家に帰れば家族がいて、笑い声があった。あれは――確かに、幸せだったのだと思う。
会社には後輩がいた。
突然の出会いで一番はじめに印象付けられた子。
おっさんのギャグにもすぐに反応してくれた。
名前は、もう思い出せない。けれど、放っておけない子で、気づけば自然と面倒を見ていた。
そんなある日、ヴァレンタインだと言って、チョコレートを渡された。
家族以外からもらうのは、久しぶりで――正直、嬉しかった。
「お返し、何がいい?」
軽い気持ちでそう聞いたのだと思う。
すると彼女は笑って、冗談めかして言った。
「指輪が欲しいです。給料三ヶ月分の」
声は軽かったが、目だけはやけに真剣で。
どう返せばよかったのか、結局、何を言ったのかさえ覚えていない。
翌月、無難に選んだのは、少し高価で可愛らしい缶に入ったクッキーだった。
彼女は喜んでいた。……たぶん。
あれで、よかったのだろうか。今になっても、分からない。
その年の年末。
酒を飲んだ帰り、駅のホームで意識を失って――次に目を覚ましたとき、俺はこの世界にいた。
妻は。
子供たちは。
あの後輩は、どうしているだろう。
そういえば、父が亡くなった後、母は田舎で一人だった。
親より先に死ぬ息子は、親不孝だったな、と今さら思う。
どうか、皆が幸せでいてくれますように。
間違っても、こちらの世界に転生している、なんてことは……ないだろう。
ふと気づけば、今日はヴァレンタインの前日だ。
だから、この夢を見たのかもしれない。
明日、暇があれば、皆にケーキでも作ろうか。
ルークスおじさんに頼んで、チョコレート――いや、カカオに似た植物がないか、探してもらうのもいい。でも、今回は間に合わないな。
そんなことを考えながら、眠りに落ちかける。
サクラは相変わらず豪快にいびきをかき、その腹の上ではアリアが幸せそうに丸まっている。
股の間にはシャノン、反対側の腕にはルドルフ。
……正直、かなり寝づらい。
けれど。
もう、ヴァリーさんは俺の隣にはいない。その事実が、胸の奥を小さく刺す。
痛みがあるからこそ、今こうして息づく日常が、どれほど満たされているのかがわかる。
失ったものを思い出すたびに、今ある温もりが、静かに輪郭を持つ。
これが――
幸せ、というものなのかもしれない。
ヴェゼルは、そう胸の内で呟きながら、そっと目を閉じた。




