第60話 ルークス帰る。
春の終わり、ホーネット領は新緑に染まり、森の木々は淡い光を透かして揺れ、鳥たちのさえずりがあちこちで重なり合っていた。
空気には土と草木の匂いが混じり、遠くでは川のせせらぎが静かに聞こえる。
そんな穏やかな日、ルークスが皇都から興奮のまま帰還した。
「おおおおおお! 聞いてくれ! 聞いてくれ!」
ルークスはドアを開けたまま廊下を駆け抜け、紙束を抱えて室内に飛び込む。
積み木セット、国語セット、算数セット、分数セット――皇室で大好評を博し、上位貴族にも広がったという。
皇都のバネッサ商会から、急遽早馬を派遣して、パルサーに知育玩具の追加を依頼したそうだ。
ホーネットシロップも大部分を皇宮が買い上げ、残りは希少品としてバネット商会で販売される予定だという。
オデッセイはそんなルークスのはしゃぎっぷりに微笑みつつ、冷静な目で状況を見守る。書類を整理しながら、弟の興奮を眺めていた。
その喧騒の中、ヴェゼルとサクラが室内に現れる。小さなサクラは胸を張る。その姿を見たルークスは思わず声を上げた。
「な、なんだ……お前……妖精!? 本物か!?」
サクラは得意げに言う。
「そうよ、私は闇の妖精サクラ! 仕方がないからヴェゼルの箱に住んであげているのよ! ヴェゼルは私の生涯のハズバンドなの!」
ヴェゼルが冷静にツッコミを入れる。
「はあ? いつの間に僕がハズバンドに……?」
その言葉に、ルークスは口をぽかんと開け、アクティは手を叩いて大喜びする。
「こ、これは……またアビーおねーさまにおてがみをかかないと!」
フリードは娘の行動におろおろし、オデッセイとヴェゼルは呆れた表情を見せる。
そんな中、ヴェゼルは落ち着きながらルークスに説明を始めた。
「森で偶然サクラと出会ったんだ。僕の箱が住みやすいから、この箱に住むことにしたんだって。それで一緒にこの村まで来たんだ」
ルークスは真剣な顔で考え込む。
(これは他領に知られたら大変だ……)
昔は妖精と仲良くなる人がごく稀にいたが、この100年は聞いたことがない。秘密が漏れれば、妖精を狙う者が押し寄せるかもしれない。
「絶対に妖精のことは秘匿しないと……」覚悟を決めるルークス。
サクラは胸を張り、少し得意げに言った。
「別に隠す必要もないんじゃない? 私は超強いのよ。でも、まあ……ヴェゼルの箱の中でおとなしくしてあげるわ」
ヴェゼルは「強い?そんな素振りは今まで見たことないな。いつも、アクティに拉致される場面しか思いつかない」と心の中で思う。
そこにオデッセイは冷静に付け加える。
「今は問題ないわ。サクラはヴェゼルとしか関わらないし、村から出ないから」
ヴェゼルも頷く。
「おじさん、サクラの存在は秘密にする。もし外に出るときは、隠す」
ルークスも小さく頷いた。
「わかった……俺も絶対に秘密は守る!」
室内には静寂が戻り、窓から春の光が差し込む。小鳥のさえずりと木々の葉のざわめきが微かに響く中、サクラは窓辺で胸を張る。
だがアクティは再び「おにんぎょうさんごっこ!」と叫び、サクラをむんずと掴む。
サクラはもう諦めたのか、真顔のまま引きずられていった。
フリードは拳を握りしめ、家族たちを見回す。「みんなで、村を盛り上げるぞ!」
春の光に包まれた室内には、笑い声と決意の空気が満ちる。
ホーネット領の未来はまだ不確定だが、静かだが確実な変革の兆しが芽吹き始めていた。
妖精の存在も、魔物や自然の恵みも、ヴェゼルやオデッセイの知恵も、フリードの脳筋も――すべてが村と領地の繁栄に直結する。
ルークス、ヴェゼル、オデッセイ、フリード、アクティ、そしてサクラ。それぞれの思いが交錯する中、希望はゆっくりと確かな形を取り始めていた。
すいません。どうしても気になりまして、第60〜65話を2025年9月18日6:00〜7:00の間に、話を大規模に入れ替えました。




