第06話 これって幼馴染と恋愛フラグ?
夕暮れの光は、村はずれの土手をオレンジ色に染めていた。西の空は赤と紫が重なり合い、雲ひとつない空に長い影を落としている。
土手の草は風に揺れ、かすかにざわめく音が耳をくすぐる。草の香りは甘くもあり、どこか懐かしくもあり、俺の心を妙に落ち着かせた。
体は5歳、頭の中は55歳――某コナン君じゃあるまいし、ってか、彼よりも、もっと年齢がいってるな。。――和田好希時代の記憶と知識がギュウギュウに詰まっているこの体で、俺は心臓をバクバクさせながら、目の前の少女を見つめていた。
「ねぇ、ヴェゼル、見て見て! 夕日、きれいだよ!」
栗色の髪を風に揺らしながら、アビー――いや、アヴェニス――は無邪気に笑う。目が輝き、くるくると表情が変わる。
その姿を見て、俺の胸はぎゅうっと締め付けられる。
頭の中では、オヤジ脳が絶叫している。
「俺、55歳なのに、5歳児の体で恋愛イベントとか……倫理的にも頭的にも無理ゲーだろう!」
でも、目の前のアビーはまるで気にしていない。自然に、無邪気に、ただ笑っている。
俺は小さな箱をそっと取り出した。祭りでこっそり買った、赤いリボン付きの髪飾り。小さな鈴がついていて、手に持つだけでチリリと音が鳴る。指先で握ると、微かに鈴が震え、夕暮れの風に溶けていった。
「えっ、それ……なに?」
アビーは目を大きく見開き、くるくると瞬きしながら首をかしげる。
「その……髪飾り、つけてほしくて……」
声が震え、手も震える。夕暮れの光がリボンの赤を映し出し、草の緑と混ざり合う。俺は勇気を振り絞り、アビーの髪にそっと結ぶ。彼女の髪は柔らかく、指先に伝わる感触が、抱きしめているかのようで、心臓が跳ね上がった。
アビーはくすくすと笑い、髪に手をやる。その目は夕日を浴びてキラキラと輝き、頬がほんのり赤い。
「ヴェゼル……髪飾り、嬉しいな。大事にするね」
「う、うん……」
胸がじわじわと温かくなる。夕日が二人を包み込み、長い影を土手に落とす。
光は柔らかく、空気は黄金色に染まる。時がゆっくりと流れ、世界は静かに二人を抱き込んでいた。
「ねぇ、ヴェゼル……将来、私……ヴェゼルのお嫁さんになってもいいかな?」
声は少し恥ずかしそうで、頬を赤くしている。俺は思わず目を逸らし、頭の中で混乱する。
「え、えぇ……そ、それは……」
答えに詰まる俺。頭の中は熟年サラリーマンとしての理性と羞恥心で大混乱だ。目の前のアビーは無邪気に見上げ、砂利を蹴ったり草を触ったりして、何も気にしていない。
しかし、思わず頷くしかない。俺は、目の前の子がどれだけ愛らしくとも、これ以上の羞恥心に耐えられない。俺の頷きに、アビーの目がさらに輝き、笑顔が満開になる。
「やった! ありがとう、ヴェゼル!」
その声に、俺の心は溶けそうになる。この笑い声、その温もり、そして今目の前にいるアビーの存在感。
俺はそっとアビーの肩に手を添え、視線は夕暮れの空へ。オレンジと茜、紫のグラデーションが、二人を包み込む。
光と影が揺れ、風が髪を揺らし、草がざわめく。小さな鈴が風に乗ってチリリと響く。
「なんだろう、この感覚……」
俺の脳は混乱している。この体に宿るこの奇妙な温かさ、懐かしさ、幸福感。
アビーは小さな手でリボンを触りながら、ふっと笑った。顔を少し傾け、夕日に目を細める。
「ねぇ、ヴェゼル、ずっとこうしていられたらいいのにね」
「そ、そうだな……」
オヤジ脳は突っ込みたいことだらけだ。倫理、常識、年齢、転生、全てがカオス。
でも、夕暮れの温かさと、アビーの微笑み、草の匂いと風の感触が、そんな理性を全部吹き飛ばす。俺はただ、静かに頷くしかなかった。
風が二人の髪を揺らし、夕日が傾いて影を長くする。空は徐々に紫色を増し、村はずれの土手は金色の光で包まれた。過去と現在、記憶と魂が交錯する中で、俺はアビーの隣に座り、静かに夕日を見つめた。
「人生って不思議だな……」
胸の奥で呟く。異世界での新しい人生この体での戸惑い、そして目の前の少女とのほんのりとした恋の予感。それは全て、夕暮れの光に溶け込み、永遠のひとときのように感じられた。
世界は広く、時間は長い。だが、この土手で過ごす黄昏のひととき、魂のどこかで見覚えのある温もりに包まれる瞬間だけは、オヤジ脳も、5歳の体も、全てを忘れて幸福に浸っていた。