第58話 収納の拡張
朝のホーネット村。空気は澄み渡り、畑には夜露がきらめいていた。
「よし、今日も耕すぞ!」
まだ子どもらしい声でありながら、どこかおっさんの気配をまとったヴェゼルが、鍬を構える。
隣ではフリードが「声が小さい!」と雷のように怒鳴り、村中に響き渡る。
「お父さん、そんなに大声出さなくても……」
ヴェゼルが苦笑いする横で、黒い影が空を漂っていた。
「ふわぁ……朝から土いじりなんて信じられない。私、妖精よ? 本来はもっと優雅に――」
サクラが欠伸をしながら、だるそうに畑の端に腰を下ろす。
「ほら、妖精も一緒に鍛錬だ!」
フリードが冗談半分に木刀を投げると、サクラはキャーっと飛び回り、箱にすぽんと逃げ込んだ。
――そんな賑やかな朝を終えると、家族そろって朝食だ。
食卓には焼きたてのパンと野菜のスープ、それに村自慢のホーネットシロップをかけたクッキーが並ぶ。
サクラはちゃっかり椅子の上にちょこんと座り、胸を張って「いただきます!」と宣言。
「……なにこの光景」
ヴェゼルが呆れながらもパンをちぎって口に入れる。
「当たり前のように座ってるな」
フリードは目を細めるが、サクラは全く動じない。
「当然でしょ。私は闇の妖精サクラ! この家の一員として、永遠にヴェゼルと添い遂げるのだから!」
その言葉にアクティの目がギラリと光った。
「また、うわきだ!!」
ヴェゼルがスープを吹き出す。
フリードは「浮気者め!」と面白がって大騒ぎ。テーブルは一瞬で戦場と化した。
午後、読み書きの本を前に、アクティは椅子に座り込み、サクラを捕まえておままごとを始めた。
「はい、サクラちゃんはあかちゃんね! おむつかえてあげる~!」
「ちょ、ちょっと待って! 私は高貴なる妖精で――」
ぐいぐいと押し付けられる布きれに、サクラの目から光が消えていく。
「……もう、抵抗するの疲れた……」
完全に魂が抜け、アクティの人形になった闇の妖精サクラ。その姿に、オデッセイもヴェゼルも吹き出しを必死でこらえる。
その日の勉強の合間、ヴェゼルとオデッセイはサクラの言う「収納の拡張」が本当か確かめることにした。
「ほら、野菜や木片を入れてみて」
ヴェゼルが次々と物を箱に入れていくと、確かに1メートル四方の空間に吸い込まれていく。
さらに、フリードが「本当に生き物も大丈夫なのか」と半信半疑で小さなネズミをヴェゼルに入れてもらい、しばらく後に取り出してみると――元気に走り回っていた。
「なるほど……これはすごいわね」
オデッセイは感心するが、その直後――
「ちょっとぉ! 中がごちゃごちゃで嫌なんだけど!」
箱からサクラが怒鳴り声を上げた。
「仕切りもないし、私の居住スペースとごちゃ混ぜ! これじゃ家具付きワンルームじゃなくて、物置じゃない!」
すると箱の中でカチャカチャと音が響き、一瞬箱が光ったかと思うと、次に覗き込んだら、30センチ四方の「サクラ専用ルーム」が追加されていた。
「ふふん! これで少しは快適になったわ!」
胸を張るサクラ。
ヴェゼルとオデッセイは唖然としつつも、確かに二つの空間に分かれているのを確認し、驚愕した。
いろいろと試して分かった事があった。
収納スペースは大きくはなったけど、一度に収納する容量は結局りんご一個分だったということだ。
でも、前に比べればすごいことだ。進化するなんて。
「まだまだ拡張できるのか?」と聞くと、サクラはそっぽを向いた。
「無理ね。ヴェゼルがまだ子供だし、“レベル”が足りないのよ。将来もっと成長したら考えてあげる」
「どんな条件で進化や拡張ができるんだ?」
「禁忌に触れるから言えないわ」
あっさりはぐらかされ、二人は頭を抱えるしかなかった。
そして、その夜。
夕食後、ヴェゼル宛の手紙が来ているとカムリが机に一通の手紙を置いた。封にはアビーの花押。
胸を高鳴らせて封を切ると――
『その“サクラ”という女は誰? それに“生涯添い遂げる”ってどういう意味?』
――血の気が引いた。
「な、なんでアビーが知ってるんだ!?」
ヴェゼルの叫びに、サクラはにやりと笑う。
「さすが、未来の奥方。情報網がしっかりしてるのねぇ」
しかし、背後で小さく忍び笑いがした。
振り返ると――アクティがニヤァァァと悪魔のような笑みをしていた。
「……まさか、手紙を送ったのはアクティか?」
「えへへ~。セリカにおねがいして、“おにーさまがおんなのこといっしょにくらしてる”ってかいてもらったの!」
それを聞いていたフリードは震えあがる。
「アクティが……黒い……! どんどん黒くなっていく!」
オデッセイはやれやれと肩をすくめ、
「まぁ、アクティったら大袈裟に。アビーもすぐ誤解は解けるでしょう」と苦笑する。
しかしヴェゼルにとっては一大事だった。
「ど、どうやって弁明しよう……?」
机に突っ伏して悩むヴェゼル。その横で、サクラは楽しそうに胸を張り、アクティは「にょほほ」と変な笑みを深める。
――こうして、またしても騒がしい夜が更けていくのだった。
そんなに多くの人が読んでいないとおもいますがw、2025/9/17の朝5:30〜6:30くらいの間、第58話と第59話の順番が入れ替わっていました。すいません。予約投稿をしようとしたら、間違ってしまって。。一度投稿予約したら、順番とかも変えれないんですね。。




