第57話 家にサクラを連れ帰ると、やはり大騒ぎ。 でしょうね。。
旅の疲れが少し残る午後。まだ霧が薄く漂う道を、ヴェゼルたちは昼食も取らずに一気に馬を進め駆け抜けた。
ようやく自領の居館の姿が見えてきた。石造りの門と木造の館は、旅先の緊張や戦いの匂いとは違い、温かみのある安らぎを思わせる。
「やっと帰ってきたな……」 ヴェゼルは小さく息をついた。
グロムは無言で頷き、彼の背後に揺れる木箱を一瞥する。その箱の隙間から、黒い髪と小さな顔が覗いていた。
「ふふん。これからは、私もこの家の一員ってわけね」
箱から顔を出したサクラが、勝手に満足そうに笑っている。
まだ誰もその存在を知らない。だが――玄関に足を踏み入れた瞬間、すべてが大騒動へと変わった。
門をくぐると、すでに館の家族たちが集まっていた。旅から戻るヴェゼル達を迎えるためだ。
「おかえりなさい!おにーさま!」
アクティが元気に飛びつくように声を上げ、オデッセイが微笑んで後ろに控える。
フリードも目を輝かせ、カムリは帳簿を片手に、セリカはアクティをハラハラした目で見ていた。
だが、そこでヴェゼルの背の箱からひょっこりと顔を出したサクラを見た瞬間――。
「な、な、なに!?」
「ひぃっ、何かが出た!?」
驚愕の声が館に響いた。次の瞬間、サクラは箱から飛び出し、宙に舞い上がった。黒い髪をなびかせ、小さな身体を胸を張って誇らしげに掲げる。
「我こそは、闇の妖精サクラ! 超レアキャラなのよ! これからヴェゼルと一緒に暮らすわ! そう――生涯添い遂げるのよ!」
堂々たる宣言。沈黙を破ったのはアクティの叫びだった。
「……うわきだぁぁぁぁぁっ!」
その場が一瞬で修羅場と化す。オデッセイが目を吊り上げ、ヴェゼルに詰め寄る。
「ヴェゼル! 説明なさい!」
「ちょ、ちょっと待って! 誤解だ!」
一方でフリードは大興奮だ。
「これが妖精か!? 本当に人間の目に見える存在だったとは!」
玄関先で、怒号と驚嘆と笑いが入り乱れた。サクラは空中でくるりと回り、腕を組んで胸を張る。
「まあまあ、落ち着きなさい。私が特別に、この家に棲んであげるって言ってるのよ?」
その態度にますます周囲は大混乱。結局、皆をなんとか落ち着け、居館の奥の大広間へ移動することになった。
テーブルに全員が座ると、ヴェゼルは深く息を吐いた。
「まず……これはサクラっていう。闇の妖精……らしいです。旅の途中で出会って、僕の箱に棲みついて…」
「ふふん、棲みついた、じゃなくて、選んであげたのよ」
サクラはすかさず胸を張る。だが、その小さな身体は次の瞬間、アクティの手にむぎゅっと掴まれた。
「むにゅっ!?」 「このうわきあいてめー!」
頬をぐにぐに引っ張られ、髪をわしゃわしゃにされ、サクラは大慌てで箱に飛び込む。
箱の蓋がバタンと閉まると、みんなは思わず笑い出した。
「……まあ、悪い奴ではなさそうだ」
グロムが小さく呟き、オデッセイも苦笑いを浮かべる。
「賑やかになるわね……」
一通り笑いが収まったところで、ヴェゼルは旅先の出来事を語った。
バーグマンの領での一件、クリッパーとの騒動、そしてサクラとの出会いまで。
「……待ちなさい。クリッパーって……あのサマーセット伯爵家の?」
オデッセイが怪訝な顔をした。
「知ってるの?」 「ええ。あの家は、元は商人で近年経済力でのし上がった家よ。歴史はあるけれど、皇家直参の騎士爵家のうちをことさら敵視してる。特に父親のスタンザ伯爵は、ビック家を目の敵にしてると聞くわ」
場の空気が少し緊張した。だが、フリードは別の点に目を輝かせる。
「しかし、収納が拡張されたのだろう? それは素晴らしい!」
オデッセイも頷き、少しだけ笑みを取り戻す。
「確かに、それは大きな収穫ね」
その横で、サクラは再び箱から顔を出し、誇らしげに胸を張った。 「私のおかげでもあるのよ? ちゃんと感謝しなさい」
だがその瞬間、再びアクティの手が伸び――。
「つかまえたー! おにんぎょうさんになってー!」
「きゃああ! やめてー!」
またもや小さな体が掴まれて、髪をぐしゃぐしゃにされ、泣きながら箱に逃げ込むサクラ。笑いが広がり、場の空気は和やかに落ち着いていった。
結局、サクラは半ば強引にではあるが、この家の一員として認められることになった。
本人は「私が選んでやったのよ」と言い張り、アクティは「おにんぎょさんとあそびたい!」と息巻き、他の皆は苦笑しつつ受け入れる。
こうして、新しい日常が幕を開けた。
その夜。皆が部屋に散った後、アクティはそっと机に向かい、羊皮紙を取り出した。
「おにーさまの……うわきをおさえた……これはほうこくしないと!」
小声でぶつぶつ言いながら、ペンを走らせる。だが途中で悩んだ。
アクティはそもそも字が書けない。
そこで、そっと廊下に出て、セリカの部屋をノックした。縫い物をしていたセリカが顔を上げる。
「どうしました、アクティ様」
「しっ! アビーおねーさまに、おにーさまのうわきのてがみをかくの!」
セリカは呆れた顔でため息をついた。
「……また妙なことを。ですが、まあ、文章を整えるくらいなら」
アクティはにんまりと笑い、セリカに小声で状況を語り始めた。
サクラがどうやって現れたか、どんな宣言をしたか、どれほどヴェゼルにべったりか――すべてを面白おかしく脚色して。
「これでかんぺき……アビーおねーさまはだいげきどだわ!」
その顔は、まるで王国を滅ぼそうとする、邪悪な魔女か魔王のように瞳が輝いていた。
それをこっそり見ていたフリードが心の中で叫ぶ。
「どこまで悪に染まるんだ、アクティ!今ならまだもどってこれるんだぞ!」
そして、ビック家の夜は更けていく。
布団に入ってから、オデッセイは一人呟く「収納魔法に妖精の影か、偶然かしら」と。
アクティはどこへ向かっているんだろうか。。




