第56話 そして、やはりきっちりと、フラグを回収!?
重くなった箱を開けてみると………………
そこには、小さな女の子?が丸くなって眠っていた。漆黒の髪がふわりと広がり、背には薄い黒い羽のようなものが透けて見える。肌は透き通るように白く、閉じられたまぶたの下には長い睫毛が影を落としていた。
「な、なんだこれ……!?」
「……おい、これは……まさか、妖精か?」
グロムの声も驚愕に声が震える。
すると、その小さな存在がゆっくりと目を開いた。瞳は綺麗な桜色で、こちらを見上げると小さな口を開いた。
「ん……。ふわぁ……。少ししか寝れなかった……」
のびをするように手を伸ばし、箱の中で体を起こす。そして、きょろきょろと辺りを見回した後、ふん、と、平べったい胸を張った。
「ここ、すっごく快適ね! 魔力がたっぷりで、過ごしやすいし。大きさはちょっと狭いけど……まあ、我慢してあげるわ。私が住んであげるんだから、感謝しなさい!」
「は、はあ!?」
「な、何を勝手に……」
ヴェゼルもグロムも、あまりに唐突な宣言に絶句する。
少女――いや、妖精は、得意げに小さな胸を張り続けた。
「あなた、運がいいのよ? 普通の収納魔法の空間なんて、生き物は絶対に入れないのよ。でも、あなたの箱は違う。生き物がこうして快適に過ごせる。しかも、魔力が自然に循環してて、とっても気持ちいいの。これは特別中の特別! だから、私が住むのにふさわしいってわけ!」
その言葉に、ヴェゼルもグロムも言葉を失う。
確かに、この妖精はただの存在ではないだろう。古い伝承の中でしか語られない「闇の妖精」だ。
滅多に人前に姿を現さず、もし出会えたなら幸運の証とも恐怖の兆しとも言われる。
ヴェゼルは慎重に問いかけた。
「……それで、君は俺の箱に住みたいってこと?」
「そういうこと! あ、もちろん拒否権はないわよ? だって、もう気に入っちゃったんだから!私の匂いを既にマーキング済みよ」
強引すぎる理屈に、ヴェゼルは頭を抱えた。グロムは険しい顔をしていたが、やがて肩をすくめた。
「害は……なさそうだが。しかし、まさか伝説の妖精と出会うとは……」
ヴェゼルも深くため息をつき、観念してうなずいた。
「……分かった。好きにすればいいよ」
すると妖精はぱっと顔を輝かせ、両手を腰に当てて言った。
「最初からそう言えばいいのよ! じゃあ、ちょっと空間をいじるわね!」
妖精は箱の中で立ち上がり、ぶつぶつと呟きながら小さな手をかざした。すると淡い黒紫の光が箱の中に広がり、低い振動音のようなものが響いた。
「――ふんっ!」
声と同時に、箱が淡く光り、まるで内部が膨張するかのように震えた。ヴェゼルとグロムは思わず後ずさる。
光が収まった後、見た目は変わらない。相変わらず、手のひらに乗るほどの10センチ四方の小箱だ。しかし――覗き込むと、そこには広がりのある空間が見えた。
「こ、これは……」
「……一メートル四方はありそう?」
妖精は満足げにうなずいた。
「ふふん! どう? すごいでしょ! あんたの箱、私がちょっと手を加えてあげたの。これで物も今までよりも入るし、私ものびのび暮らせる。感謝しなさい!」
ヴェゼルとグロムは顔を見合わせ、ただ呆然とするしかなかった。
馬を再び走らせる途中、箱の中からひょっこりと妖精が顔を出した。漆黒の髪が揺れ、夜空のような瞳がいたずらっぽく光っている。
「ねえ、あんた」
「……俺?」
「そう。私、闇の妖精よ? ガチャ10万回でも出ない超レアキャラなの。普通の人間なんて一生会えない存在なのよ?」
「……なんでガチャとか知ってるんだよ……」と、呟く。
胸を張りながら、ちょこんと腰に手を当てて言う。その態度は小さいくせに、どこまでも大きい。
「だから――名前をつけなさい!」
「はあ?」
ヴェゼルは思わず声を上げた。
「私は偉大なる闇の妖精。名もなく呼ばれるなんてプライドが許さないの。どうせあんた、私と長く一緒にいるんだから、名前くらい必要でしょ?」
ヴェゼルは頭を掻きながら考える。
「んー……そうだなあ。じゃあ、『くろいの』」
「却下!」
即答だった。妖精は小さな足をバタバタさせて怒っている。
「じゃあ、『ヤミヤミ』」
「ばかにしてるの!?」
「『ミケ』……」
「猫じゃないわよ!!」
次々と提案しては、ことごとく却下される。隣でグロムが肩を震わせて笑いをこらえているのが、余計に恥ずかしい。
「……難しいなあ」
ヴェゼルはため息をつき、ふと妖精の顔をまじまじと見た。
夜の闇のような髪に、透き通る白い肌。だが、その瞳の奥は――ほんのり桜色を帯びているように見えた。
「……桜の花みたいな色だな。……この世界にあるかしらんけど」
無意識に呟いた言葉に、妖精はぴたりと動きを止めた。
「――サクラ!」
その顔がぱあっと輝く。さっきまでの不満げな顔が嘘のように、瞳をきらきらと揺らめかせて笑った。
「それがいい! 私の名前はサクラ! 今日からそう呼びなさい!」
力強く宣言する小さな声に、ヴェゼルも思わず笑ってしまう。
「……勝手だなあ。でも、まあ……サクラ、か。いい名前かもしれない」
グロムは呆れながらも微笑を浮かべた。
「やれやれ……賑やかになるな」
こうして、闇の妖精は「サクラ」と名付けられた。
黒い髪と夜の気配を纏いながらも、どこか春の花のような柔らかさを漂わせる名は、確かに彼女にぴったりだった。
* * *
こうして、闇の妖精を連れ帰ることになった。
不思議な存在との出会いに困惑しつつも、ヴェゼルの箱は確かに進化を遂げていた。
見た目は変わらずとも、その内には広大な空間が広がり、これまで以上に大きな可能性を秘めている。
帰り道、いつもなら三時間足らずで戻れる距離を、妖精のご機嫌を取りながら進んだせいで、結局は四時間ほどかかった。
だが、風を切る中、箱の中から響く「ふふん!」という得意げな声に、ヴェゼルもグロムも思わず苦笑するしかなかった。
新たな仲間――いや、居候を得て、ヴェゼルの日常はまたひとつ賑やかさを増していくのだった。
これって浮気になるのかな?という、ヴェゼルの呟きを残して。




