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第55話 そして帰ります。 帰る途中で、、、あ、やっぱり、フラグ!?

 翌朝。ヴェクスター領の領館には、少しひんやりとした空気が漂っていた。昨日の宴の余韻がまだ残っているようで、館の廊下を歩くと香ばしい紅茶の香りと、ほんのり甘いクッキーの残り香が鼻をくすぐる。


 朝食の席にはアビーとバーグマン、それにテンプター夫人や使用人たちの明るい声が響いていた。


楽しい会話に混じりながらも、胸の奥には小さな寂しさが募っていた。今日でお別れだと思うと、笑顔の端に少し切なさが滲む。


 食後、館の玄関口に馬車や馬が並べられ、見送りの人々が集まっていた。


「ヴェゼル、本当に……楽しかった。また来てくれてありがとう」


 アビーは、少し赤い頬で小さな手を胸の前に組んで言った。


「うん。また必ず来るよ。約束する」


 ヴェゼルも自然と笑顔になり、その言葉を返す。



 すると、脇からキックスが歩み寄ってきた。先日までの敵意むき出しの眼差しは影を潜め、少し照れくさそうに視線を逸らしながら言う。


「……昨日は何もできなくて、情けなかった。でも、剣を交えて、ヴェゼル様の強さが分かった。俺も、もっと強くなりたい。だから……ありがとう」



 その言葉には、悔しさと同時に素直な敬意が込められていた。ヴェゼルは肩をすくめ、笑って答える。


「気にしないでよ。僕だって、最初から強かったわけじゃないし。ただ、守りたいものがあるから頑張ってるだけだよ。まぁ、お父さんに強制的に鍛錬されてるのもあるけどね。」


 その一言にキックスは目を丸くしたが、やがて力強く頷いた。



 直後、アビーが近寄ってきて耳元でこっそりと囁いた。


「浮気はダメよ!」と。




……この年で浮気もないだろうよ。…………と、思ったが、アビーに笑顔で「そんなことするわけないよ!」と無難に応える。


これ、何かのイベント前提? 旗が立ったのか?と思わなくもないが。




 見送りの人々に深く一礼し、ヴェゼルは馬に跨る。今回は馬車ではなく、護衛として同行していたグロムの馬に二人乗りだ。アビーが名残惜しそうに手を振ってくる。


ヴェゼルも大きく手を振り返し、その姿が小さくなるまで目を離さなかった。




 * * *




 領館を出てしばらくは、ただ風を切って走る音と、馬の蹄のリズムが心地よく響いていた。朝の光が差し込む林を抜けると、鳥たちのさえずりが耳に届く。


 グロムの背中は大きく、安定していて安心できる。だが、ヴェゼルの心には先ほどまでの余韻がまだ残っていた。


「……アビー嬢とは、いい別れ方ができたな」


 前を向いたまま、グロムが低くつぶやいた。


「うん。名残惜しいけど、また会えるから」


 ヴェゼルも笑って答える。心に浮かぶのは、ほんのり赤いアビーの頬と、見送りの時に揺れていたドレスの裾だ。



 そんな思いに耽っていると、深い森の中にヴェゼルたちは入っていった。


先ほどまではあんなに明るかったのに、夜と見紛うばかりの暗さだ。ふいに何かが通り抜けた気配があったが、目を凝らしても何もない。


 しかし、ふいにヴェゼルの肩にかけた小さな斜めがけのバッグがずしりと重くなった気がした。普段は気にもならないくらい軽いはずなのに、急に何かを詰め込んだような感覚だった。



 しばらくは馬を走らせていたが、さすがに気になったので、ヴェゼルはグロムに声をかけて馬を止めてもらう。


 急いでバッグから10センチ四方の箱を取り出した。普段は軽くて扱いやすいはずの箱が、ずっしりと手に重みを伝えてくる。



 そして――箱の中を覗き込んだ瞬間、息をのんだ。


……心の中でヴェゼルは思う。…………あ、これが旗が立ったということかと…………


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