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第54話 アビーの自宅に帰って

翌朝、朝食の席でバーグマンは、街中で起きたクリッパーの騒動について、ヴェゼルから経緯を聞いていた。


「なるほど……一応、アビーとは昔からの知り合いだから大目にみていたが、あのクリッパーが先に剣を抜いたにもかかわらず、君とグロムで瞬時に制圧したと」ヴェゼルの言葉に、バーグマンの目が鋭く光る。


ヴェゼルは、グロムの冷静な動きを語る。自分の戦闘はあまり詳細に語らず。


クリッパーがヴェゼルを馬鹿にして剣を振るおうとした瞬間、剣を折ったこと、護衛が襲いかかるもグロムが一蹴したこと。


それを聞いたバーグマンは、顔をほころばせつつも、目は真剣だった。


「流石だ……単なる力任せではなく、瞬時の判断と冷静な行動、そして相手を傷つけずに制圧する。これこそ真の実力だ。それにしても、相手の剣を折るとは、その年でたいしたものだ。」


ヴェゼルとグロムは軽く頭を下げる。「お褒めいただき光栄です」


バーグマンは静かに頷きながらも、胸の内に喜びを隠せない様子だった。


「これなら、例え魔法が多少不得手でも、剣だけでもアビーを安心して任せられる。グロムも実に頼もしい」


アビーも隣で小さく拍手を打ち、改めてヴェゼルとグロムのコンビネーションに感心する。



一方、サマーセット伯爵家の次男、クリッパーに関しては、バーグマンは顔を真っ赤にして、拳を握りしめた。


「許せん……次は必ず、あのクリッパーの父親、スタンザ伯爵に抗議してやる!」


隣領とはいえ、伯爵家に対して直接文句を言えるほどの気概があるのはさすがのバーグマンだ。


ヴェゼルも微笑みながら、昨日の騒ぎが大事にならず、皆が無事でよかったと思った。


キックスは少し顔を曇らせ、悔しさを胸に秘めながらも、ヴェゼルの冷静さと力の差を思い知らされた朝だった。




朝食後、キックスがヴェゼルの前に現れ、真剣な面持ちで剣の鍛錬に付き合ってほしいと頼んだ。


「俺、もっと強くなりたいんだ。どうしたら、ヴェゼル様みたいに強くなれるかな……?」


ヴェゼルは少し考え込んだ。自分自身は父フリードの無駄に激しい鍛錬に付き合わされただけで、特別な秘訣などはない。



「正直言って、俺もよくわからないです。ただ……一つだけ言えるのは、自分よりも守るべきものを思いながら戦うこと。それを信じられるなら、少しは強くなれると思う」


キックスはその言葉に胸を打たれた。自分の剣の稽古はいつも形だけで、守るものの意識はなかった。


ヴェゼルのように、守るべき者のために戦う――それを目標に、尊敬の念を抱きながら稽古を始める。





午後になると、アビーの母親、テンプター夫人からヴェゼルに特別な依頼が届いた。


「アビーが昨日のビック領で食べたクッキー、とても美味しかったらしいのよね。ぜひ今日、私たちにも作り方を教えてほしいの」


普段、貴族の奥方が食堂に入ることは少ない。しかし今日は特別として、アビーも一緒に参加できることになった。


ヴェゼルは指導役として台所に立ち、手際よく材料を準備する。


「では、別の味のクッキーを作りましょうか」


紅茶の葉を使ったクッキーで、昨日散策の際に購入したものを生地に混ぜ込み、甘さはもちろんホーネットシロップで調整する。


アビーは生地をこねながら嬉しそうに話しかける。


「ヴェゼル、今日は違う味のクッキー!とっても楽しみよ!」


子供たちの賑やかな声に、テンプター夫人も自然と笑みを浮かべる。


クッキーを焼き上げると、香ばしい香りが部屋中に広がる。


焼きあがったクッキーを皆で一口食べると、アビーは目を輝かせた。「わあ、美味しそう!ヴェゼルって本当にすごいわね」


テンプター夫人も、ヴェゼルの手際と気配りに感心し、彼の人柄を理解する。


子供たちが楽しそうにお菓子作りに参加する姿を見て、アビーが選んだ婚約者としての安心感も強くなる。


「アビーの選択は間違っていなかった」と心の中で微笑む。


その後、焼きあがったクッキーを皿に並べ、皆でティータイム。アビーが紅茶をみんなに注ぎ、ヴェゼルがホーネットシロップの香りと甘さを説明する。


バーグマンもアビーも、先日の街での経験と合わせて、ビック領の豊かさやこの年でヴェゼルの多才さに改めて感心した。


アビーは焼きたてのクッキーを頬張りながら、ヴェゼルに向かって微笑む。「ねえ、あなたといると、毎日が楽しいわ」


ヴェゼルも微笑み返し、「守るべきものは、君と、みんな……そしてこの幸せな日々だ」と、実感する。


こうして、午前の鍛錬から午後のクッキー作りまで、ヴェゼルは自然体で皆を楽しませ、守る者としての信頼を確実に築いたのだった。




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