第496話 アクティの鑑定
辺境伯領の大聖堂には、今日も変わらず、光が幻想的に差し込んでいた。綺麗な光が石床に落ち、静かな揺らぎを作っている。
ヴェゼルは、その光を見上げながら、ふと時の流れを思う。
――自分が鑑定した時から、もう三年が経ったのだ。
壇上へと進むのは、アトミカ教会より派遣された老齢の鑑定士の司祭が佇む。杖に体重を預け、腰をかがめながら、若い付き添いに支えられて一歩ずつ歩く。その光景に、ヴェゼルは覚えがあった。
ここで、かつてアビーと並んで鑑定を受けた――その記憶が、胸の奥をちくりと刺す。
老司祭が杖を動かし厳かに発言する。
「――これより、今年度の鑑定の儀を執り行います。各位、静粛に」
その声に、教会に集まった貴族や領民たちが一斉に口を閉じる。空気が張り詰め、堂内はひんやりとした緊張に包まれた。
中央には、爵位の高い順に座席が設けられている。今回は、ヴァンガード辺境伯の娘、ナディアも鑑定を受けるらしい。
貴族、商人、そして領民へと列は続き、アクティは貴族の最後尾に静かに並んでいた。
老司祭は、爵位順に鑑定を行うことを告げ、辺境伯の息女――ナディアの名を呼び上げる。
杖が掲げられ、床に魔法陣が描かれる。魔力が光となって現れ、揺れ、重なり合う。
「――ナディア殿は、風属性と水属性を授かった」
その宣言と同時に、周囲から感嘆の声が漏れた。
「二属性とは見事だ」「さすが辺境伯の御息女」「普段から聡明だと聞く」「お美しいな」
賞賛は自然と広がっていく。
続いて何人かが順に前へ呼ばれ、鑑定の水晶に手を触れていった。
淡く光る者、沈黙したままの者。結果のたびに、小さなどよめきと、抑えきれぬ溜息が会場を行き交う。
子爵家の少女が、水と土――二つの属性を授かった瞬間、空気が一段階変わった。水晶の中で、青と茶の光が重なり合い、確かに二つの系統が共鳴している。
観客席からは感嘆の声が漏れ、両親と思しき男女は、隠そうともせず顔を綻ばせていた。
「二属性……」
誰かが呟き、それが波紋のように広がる。
才能とは、平等ではない。それを改めて突きつける光景だった。
そして名が呼ばれる。
サマーセット子爵家、スイフト。アクティと同じ年の少年が、一歩前へ出た。
年齢も、背丈も、並べばさほど違いはないだろう。だが、その表情には、先ほどまでの華やぎとは異なる、静かな覚悟があった。
水晶に手を触れる。
――光は、灯らなかった。
沈黙。
水晶は澄んだまま、何も返さない。老司祭が短く告げる。
「魔法適性、なし」
失望のざわめきは、ほとんど起きなかった。この場にいる者たちは、すでに理解している。
魔法を授からぬ者が、多数派であるという現実を。スイフトは一礼し、静かに列へ戻った。
悔しさを見せることも、言い訳をすることもなく。
そして順番が続き――いよいよアクティの番が回ってくる。
壇上へ歩み出たアクティは、胸を張り、いつもの笑顔を浮かべていた。その背に、周囲の視線が集まる。
「……あのビック家の」「兄が、あの“ハズレ魔法”の……」「妹も同じなのでは?」
囁きは、決して好意的なものばかりではない。
だが、それらが耳に届いているにもかかわらず、アクティの表情は曇らなかった。
老司祭が杖を天井へ掲げる。
空間に魔力の渦が描かれ、透明な光の輪が堂内を満たす。床から微かな振動が伝わった。
「――フリード・フォン・ビック騎士爵、息女。アクティ・ビック殿の鑑定の儀を執り行う」
魔法陣が光を帯びる。
最初に現れたのは、紫の光だった。だが、それは留まらず、渦を巻きながら虹色の光を放ち始める。
そして最後に――純白。柔らかく、それでいて確固たる輝きが、アクティを包み込み、髪をそっと揺らした。
他の子供の鑑定のとはあまりに違う。会場中が息を呑む。誰一人、声を発しない。
「……なんと……」
小さな呟きが、どこからともなく漏れた。
壇上の中心で、色とりどりの光が交差し、一点へと収束する。宝石のような輝きが空間を震わせ、やがて最後に紫の光が静かに縮んでいく。
老司祭は、慎重に杖を動かし、その光を測るように確認した。数値が浮かび上がり、観衆の目がさらに見開かれる。
「……これは……錬金……いや……違う……」
司祭の声が震える。「錬成――そうだ。錬成魔法である!」
ざわめきが、一拍遅れて爆発する。
錬金魔法は、平民に稀に現れる魔法だと知られている。だが、錬成魔法――その名を、誰も聞いたことがなかった。
「錬成魔法とは、錬金魔法の上位に位置する魔法である!」
その宣言に、歓声、驚愕、疑問が一斉に渦を巻く。
ヴェゼルは思わず拳を握りしめた。胸の内に、驚きと誇らしさが一気に込み上げる。
アクティは少し照れくさそうに、壇上で微笑んだ。
辺境伯や高位貴族たちは、言葉少なにその姿を見つめている。
「錬成魔法……聞いたことがない」「一体、何ができる魔法なのだ……」
そのざわめきを、老司祭の低く重い声が断ち切った。
「静粛に。――鑑定は、まだ終わっていないですのですぞ」
堂内は、再び厳粛さを取り戻す。
フリードは、隠しきれないほど嬉しそうだった。ヴェゼルは口を少し開けたまま、壇上を見つめる。
(錬金じゃなくて……錬成、か)(いったい、何が出来るんだろう……?)
脳裏に、錬金の妖精アリアの姿がよぎる。
その後も鑑定は滞りなく進み、商人、領民と続いた。錬金や単属性を授かる者は何人かいたが、特筆すべき魔法は現れなかった。
やがて、鑑定の儀は滞りなく終了した。
少し遅れて戻ってきたアクティは、足取りも軽く、弾む声を上げる。
「お母様と同じ……? 魔法を授かったわ! 嬉しい!」
そして、思い出したように声を潜める。
「……アリアちゃんのおかげかしら?」
その言葉に、フリードは破顔し、セリカは感極まったようにアクティへ抱きつき、今にも泣き出しそうになる。一方で、エスパーダだけは腕を組み、何かを噛みしめるように黙考していた。
周囲の大人たちは――なおも収まらぬざわめきを残している。
その中で、フリードは一歩前に出て、アクティの頭をそっと撫でた。
「魔法を授かったのは、よかったな」
そして、少し困ったように笑う。
「……だが、お前ら兄妹、どうにも普通の魔法じゃないんだな。いやぁ、なんか面白かったぞ」
次の瞬間、フリードは何を思ったか、アクティの脇に両手を差し入れ、そのままひょいと持ち上げた。
「でもな、どんな魔法を授かろうとも――俺の大切な子供たちだ」
豪快に笑うその言葉に、アクティは今日一番の笑顔を浮かべる。
……が。
「それにしても、アクティも随分成長して――お、結構重くなったな。俺は嬉しいぞ?」
空気が、凍った。
アクティが笑顔の表情から、無の表情へと瞬時に変わる。
「……おろしてくださいませ」氷のように冷たい声だった。
フリードは、その豹変ぶりに完全に理解が追いつかず、目を瞬かせたまま固まる。
そこへ、フリードの元へすっとリョーガが歩み寄る。
「フリード殿。娘に体重の話題は、ご法度でござるぞ」
その後ろで控えていたユーガも、無言のまま、こくこくと深く頷いていた。
アクティは何も言わず、セリカとヴェゼルの手を引き、さらにエスパーダに声をかけて、そのまま踵を返す。
フリードを完全に置き去りにして、一行は馬車の方へと向かっていった。
――しばらくして。
項垂れながら係留場へ来たフリードが見たのは、遠ざかっていく馬車の後ろ姿だけだった。
リョーガは小さくため息をつき、ユーガとそして呆然と立ち尽くすフリードへ視線を向ける。
「では……宿までは、歩いて帰りましょうか」
こうして、フリード達は、静かな石畳の上を、とぼとぼと歩くことになったのだった。




