第51話 お祭り
春の陽光が柔らかく降り注ぐ朝、ホーネット村ではいよいよ一年で最も華やぐお祭りの日を迎えた。
今年はただの友達との散歩ではなく、婚約者となったアビーと一緒に出かける日。ヴェゼルは少し緊張しつつも、朝の領館を出発した。
しかし、そこに昨日仲良くなったアクティが飛び出してきた。
「おにーさま、アビーおねーさまといっしょにいくの?」
「うん、そうだけど…」
「わたしもいく!」
アクティの猛烈な主張により、結局、ヴェゼルとアビー、そしてアクティとそのお守りであるセリカも同行することになった。
さらに念のため、護衛として遠巻きとはいえ、グロムとトレノも同行。総勢6人の賑やかな行列が村の道を進む。
村に着くと、春祭りはすでに大盛況。色とりどりの飾りや旗が風に揺れ、屋台からは甘い香りが漂う。
今年は特に、ホーネットシロップを使ったクッキーが出店されており、フリードの計らい(実際はオデッセイ)で普段より安く販売されていた。
そのためか、列は長く続き、子供も大人も行列に並んでいた。
ヴェゼル達も行列に並び、ついに順番が来ると、アクティは待ちきれず、目を輝かせながらクッキーを手に取る。
「うん、これ、おいしい!」アクティが満面の笑みで頬張る。
アビーも笑いながら、「ほんと、美味しいわね!ほんのりしょうがの味?」と口元をほころばせる。
新しい味をオデッセイと考えたのが功を奏したようだ。アクティはお手伝いという名のつまみ食い要員だったけど。
ヴェゼルはそんな二人を見て、思わず微笑んだ。
クッキーを食べ終えると、次は香ばしい肉串を味わう。ジュウジュウと焼ける音、香ばしい匂い、列に並んだ疲れも忘れる楽しさだ。
アクティはすでに手をちょっと汚しながらも大興奮。セリカも串を握り、嬉しそうに食べている。
祭りの中心では、若者たちが輪になって盆踊りのようなを踊っており、ヴェゼル達もその輪に加わる。
現世のマイムマイムに近いかな?
アビーは少し恥ずかしそうに手を握られつつも、楽しそうにステップを踏む。
ヴェゼルも緊張しながらアビーの手を取り、少しぎこちないけれど心地よい時間を過ごす。
しかし、午後に差し掛かるころ、アクティは疲れの色を見せ始めた。
「おにーさま、もうかえる…」
「わかった、じゃあ安全な場所まで戻ろう」
こうして、アクティは先に帰宅。残されたヴェゼルとアビーは、危なくない範囲で村内を散策しつつ、二人だけの時間を過ごす準備を始めた。
アクティたちが帰り、ようやく二人きりになった。
村の喧騒から少し離れた小道を、ヴェゼルとアビーは並んで歩く。
夕暮れが夜へと変わり、祭りの提灯がほのかに揺れる。
「なんだか…落ち着かないわね」
アビーがそう言って視線をそらす。
「俺も少し緊張してるよ」
ヴェゼルは苦笑しながら返す。婚約してから二人で歩くのは、やはりいつもと違う。
ふと、広場を外れて暗がりへと続く並木道に入った。
人通りが少なく、静かで雰囲気がいい…と思ったのも束の間。
先の方で寄り添い合うカップルが何組もいた。
彼らはまるで世界に二人きりのように囁き合い、寄り添って――。
アビーの顔が一気に真っ赤になる。
「……っ、こ、これは……」
「ち、ちょっと刺激が強いな」
ヴェゼルも頬をかき、慌てて踵を返す。
「べ、別の場所にしましょう!」
アビーは早口で言い、ほとんど駆け足で来た道を戻った。
二人とも心臓がやけに早鐘を打っている。
再び人通りのある通りに戻ると、灯りが安心を与えてくれる。
アビーはまだ顔を赤らめながら、袖をそっとつまんで呟いた。
「わたしたちには…まだ早いわね」
「……そうだな」
ヴェゼルも苦笑しながら頷いた。
そのあと、川沿いの屋台で並んで懐かしい干し芋を買い、二人で少しずつかじった。
木工の雑貨屋では、ヴェゼルが「君に似合う」とひとつ贈ると、アビーは小さく笑って「ありがとう」と囁いた。
やがて広場に戻ると、夜空に毎年恒例の松明の櫓が燃えはじめた。
アビーの瞳にその光が映り込む。
「きれいね…」
「うん」
――そして。
ヴェゼルは勇気を振り絞り、そっとアビーの手を取る。
アビーは驚いたように目を瞬き、けれど逃げなかった。
そしてほんの一瞬、二人の距離が縮まり――
「……っ」
お祭りの雑音にかき消されるように、軽く触れるだけの小さな「チュッ」が交わされた。
二人は慌てて顔を離し、真っ赤になりながら視線を逸らす。
けれど胸の奥に灯った温かさは、何よりも鮮やかに残った。
祭りの夜は、二人にとって忘れられない思い出となった。
アビーは櫓を見つめながら、そっと言葉を添えた。
「ねえ、来年も…一緒に見られるかしら」
「もちろん。ずっと先まで、何度でも」
アビーは横を向いたまま、小さく笑みを浮かべる。
その頬が松明に照らされて、一層赤く見えた。
ヴェゼルはその横顔を見つめながら、胸の奥で強く誓う。
――この約束だけは、どんなことがあっても守ろう。
祭りの夜は、二人にとって忘れられない思い出となった。




