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第50話 アビー来訪。いや、正しくは、ヴェクスター男爵と娘アビーの来訪  か。

春の柔らかな陽光が、ホーネット村の小道に差し込む。雪解け水が小川を作り、ふきのとうが芽吹く中、村の護衛たちがざわめいた。


遠くの道の向こうに、豪華な馬車がゆっくりと近づいてくる。


馬車の周りには、護衛が三騎。旗がはためき、馬車は光を受けて輝いていた。


「……あれは、バーグマン様の一行だ」


村の入口で待機していたガゼールが声をあげる。


「去年もお見えになった方ですね」


「今回も婚約者のアビー様も一緒だ。無事に到着されてよかった」


馬車が停まると、バーグマンは優雅に馬車から降りた。


背筋を伸ばし、凛とした姿勢で村人や護衛に軽く会釈する。バーグマンはすぐさまアビーの手を取って馬車から降ろした。


笑顔を交わす親子のやり取りに、周囲の護衛も自然と微笑む。


バーグマンはそのまま、フリードとオデッセイに向き直った。


「フリード殿、オデッセイ殿、今年もお世話になります」


二人が軽く頭を下げると、バーグマンは破顔してヴェゼルに向き直った。


「婿殿!」


ヴェゼルは照れくさそうに頭を下げつつ、笑顔で応える。


「お会いできて光栄です、バーグマン様」


バーグマンはさらに少し冗談めかして、アクティに向かって礼を取った。


「アクティ嬢、ごぶさたしておりました」


アクティは身を正し、懸命に頭を下げて挨拶しようとする。


しどろもどろで必死なアクティの様子に、周囲は思わず吹き出した。


グロム、カムリ、セリカ、トレノも後ろで笑いをこらえている。


ヴェゼルがアビーに向き直り、挨拶をしようとすると、アビーは開口一番で言った。


「手紙が少なかった!」


ヴェゼルは少し眉をひそめる。


「ご、ごめん……仕事で忙しくて手紙を……」


するとアビーはふくれっ面で言い放った。


「私と仕事、どっちが大切なの!」


その場はたちまち爆笑に包まれる。ヴェゼルは心の中で、前世を思い出す。昔も妻によくこう言われたな、と苦笑する。




「……今日はまず、疲れたろうから、ゆっくりと寛ごうよ」


ヴェゼルはなんとかそれを言って、アビーの手を取り、皆を誘導する。


春の柔らかな陽光が差し込む領館の円卓には、香ばしい紅茶の湯気がゆらめいていた。




ヴェゼルが館内に案内すると、バーグマンとアビーはゆったりと円卓の椅子に腰を下ろす。


目の前には、昨年から村で開発された特産品、ホーネットシロップが小瓶に入れて置かれていた。


「おや、これは……?」バーグマンが興味津々に瓶を手に取る。


「ホーネット村の名産、ホーネットシロップです」ヴェゼルが微笑む。


「紅茶に入れて甘くすると、格別なのだ」フリードが得意げに説明する。


まずは、フリードが豪快に紅茶にホーネットシロップを放り込む。そして、グビっと一息で飲んでしまった。


それをオデッセイが顔をしかめて見ているが、フリードは我関せずだ。


続いてバーグマンは小さなティーカップにシロップを注ぎ、紅茶に溶かす。


アビーも同様に小さなカップに注ぎ、香りをかぎながら一口飲む。すると、口いっぱいに優しい甘味が広がる。


「……これは、美味しい!」バーグマンが思わず目を見開く。


「本当に! こんなに甘くて飲みやすいなんて」アビーも感嘆の声を漏らす。


フリードは得意げに胸を張った。「このビック領で生産された甘味だ。村の森で採取した樹液を煮詰めて作ったのだ」


またもや、オデッセイが顔を顰めて呟く「そこまで言わなくても良いのに。何から採取できるかは秘匿しないと……」


バーグマンとアビーは互いに目を見合わせ、驚愕の表情を浮かべる。


「村で……生産?」バーグマンは半信半疑の声。


「はい。帝国でもまだ稀少な甘味です。それが我が領で、しかもこの量を生産できるとは」ヴェゼルが落ち着いた声で説明する。


次にテーブルに運ばれたのは、ホーネットシロップをたっぷり使ったクッキーだった。焼き立ての香りが部屋に広がる。アクティが自慢げに手を挙げる。


「クッキーつくるとき、わたしもおてつだいしたの!」


フリードも付け加える。「ホーネットシロップをこれだけ使ったのは初めてだろう!」


アビーとバーグマンはそのクッキーを口に入れる。ほろほろと崩れ、シロップの甘さが絶妙に広がる。


「……これを、金に換算したら、すごい額になるな」バーグマンは思わず呟く。


「村の未来が、少しずつ開けていくのを感じるな……」バーグマンの呟きに、アビーも静かにうなずく。


「せっかくきたんだから、アビーおねーちゃんとあそぼ」


アビーはそう言うと、アクティの手を引く。


アクティは目を輝かせ、まだ冷めやらぬ甘味の余韻も忘れたかのように、積み木の前に走っていく。ヴェゼルも手を差し伸べ、二人で遊ぶのを見守る。


「この玩具……皇都で今有名な知育玩具とやらか……?」バーグマンは小声でオデッセイに確認する。


「ええ、この冬に色々ありましたからね……」オデッセイも笑いをこらえながら頷く。


積み木は、ヴェゼルとオデッセイの工夫で作られた知育玩具だ。


積み上げるたびに形や色の組み合わせを考え、互いに創造力を働かせる。


アクティは勢いよく積み木を積み上げ、「おうちかんせー!」と叫ぶ。


アビーも負けじと塔を作り、「見て! 高くなった!」と大喜び。


バーグマンはその光景に感嘆する。「……この冬、何があったんだ……」


オデッセイはにこやかに説明する。「村では知育玩具やホーネットシロップの開発で、冬の間も研究や作業に追われていました」


アクティは「おにーさま、もっとつんで!」とヴェゼルに指示しながら遊ぶ。


フリードもなんとかアクティのご機嫌を取ろうと参加するが、


「おとーさま、だめ!」と拒絶され、またもや嫌われる。


それでも円卓の周囲は笑い声と驚嘆の声で溢れ、春の午後はゆっくりと流れていった。


ホーネット村の産物と知育玩具がもたらす喜びに、バーグマンもアビーも感心し、そして安心する。


村の努力が、こうして皇家にも認められたことは、未来への希望の象徴だった。


アクティの楽しげな声、アビーの笑顔、ヴェゼルの穏やかな眼差し、フリードの必死なフォロー。


領館の小さな一室に、家族と仲間たちの幸せな時間が満ちていた。





そんな中、フリードが紅茶を飲みながら得意げに「このシロップ、本当に領内で作れるなんてな!」とバーグマンに話す。


オデッセイはバーグマンとアビーに聞かれないよう、そっとフリードの耳元に顔を近づけ、小声で「フリード、いくら親しくても、ホーネットシロップの原料は絶対に口外しちゃダメよ」と厳しく嗜める。


フリードはびくっとして口を押さえ、「は、はい……!」とシュンと肩を落とす。


するとアクティがにじり寄り、手を腰に当てて目を光らせ、


「ダメ!」と断固たる声で叱る。



フリードはさらに顔を赤らめ、「む、娘まで……」と小さくつぶやき、すっかりしょんぼり。




オデッセイは肩をすくめ、目だけで「仕方ないわね」と小さく笑い、甘い紅茶の香りの中、フリードは静かに反省の色を見せた。








紅茶の香り、甘いホーネットシロップ、積み木のカラフルな木の感触——。


すべてが春の訪れを告げるようで、この日を境に、ビック領ホーネット村の新たな季節が始まったのだった。

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