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第48話 あーーん、つづきになった。。。皇帝陛下まで来た orz

 皇太子と皇女が分数セットに夢中になっている最中、ルークスはもう一つの木箱を取り出した。先ほどの知育玩具とは異なり、重みがあり、開けられると淡い黄金色の液体の瓶が陽光を受けてきらめいた。


「こちらは……?」


 皇妃が小首を傾げると、ルークスは胸を張って答えた。


「はい、これは我がビック領で新たに生産できるようになった“ホーネットシロップ”でございます。村に自生する植物から採取したものを集め、独自の方法で煮詰めて作った、我が領独自の甘味でございます」


 その名に皇妃の眉がわずかに上がる。甘味といえば、この帝国ではほとんど入手できない貴重品。南方から輸入する黒糖に頼るしかなく、その価値は金一粒に匹敵する。


ゆえに甘味は高位貴族の饗宴でしか口にできず、普通の貴族の子供たちが日常的に口にすることなど夢のまた夢だった。


「……この国で、甘味が?」


「はい。もちろんこの国でも蜂蜜はまれに採取できますが、安定した供給は難しゅうございます。ですが、このシロップならば、ビック領で毎年一定量を生産できる見込みが立ちました」


 ルークスが言い終えるより早く、執事が一歩進み出た。


「恐れながら、皇妃様。まずは私めが確認を」


 差し出された瓶のひとつを受け取ると、厳しい表情で封を切り、銀の匙で透明な液体をすくった。念入りに匂いを嗅ぎ、舌先でそっと舐める。


 次の瞬間、普段は表情を崩さぬ老執事の目が見開かれた。


「……これは……! 毒などの類いではございません。むしろ……極上の甘味でございます……!」


 皇妃は思わず口元を手で覆った。執事がここまで露骨に驚きを表すのは初めてだった。やがて匙が皇妃に差し出される。皇妃は慎重に受け取り、少量を口に含んだ。


 舌の上に広がる柔らかで芳醇な甘さ。蜂蜜のような濃厚さはないが、どこか森の香りを思わせる深い後味。皇妃の瞳がとろんと細まり、思わず吐息が零れた。


「……なんて優しい甘さ……。舌にまとわりつくのに、すっと消えていく……」


 周囲の侍女たちも興味深げに見つめる。皇妃はすぐに表情を引き締め、ルークスに向き直った。


「これは、ただの甘味ではありませんね。もし安定して供給できるのなら、この帝国にとって計り知れぬ価値を持ちます」


 ルークスは深くうなずいた。


「はい。姉も申しておりました。蜂蜜は奇跡の恵みですが、ホーネットシロップは努力によって生み出せる恵みです、と。もちろん、量に限りはありますが、毎年欠かさず収穫が可能です」


 皇妃はそっと目を閉じ、これまでの状況を振り返った。


 ——これまで甘味といえば、遥か南方の大陸からの輸入に頼るしかなく、莫大な金銀を費やしていた。それが、帝国内で生産可能となれば……。


「……すぐにでも陛下にご相談しなくては」


 小さな声が思わず漏れる。


 だが次の瞬間、皇妃はふっと柔らかな笑みを浮かべた。


「ルークス殿。姉君は学びを、そしてあなたは甘味を……。お二人はそろってこの帝国に新しい光をもたらしてくださるのですね」


 ルークスは真っ赤になり、深く頭を下げた。


「恐れ入ります。ただ甥と姉の発想に導かれ、領の民と共に試行錯誤した結果でございます」


 そのやり取りの傍ら、分数セットで遊んでいた皇太子と皇女が、甘い匂いに気づいて顔を上げた。


「お母さま、それ……なにか甘い匂いがします!」


「わたくしも舐めてみたいです!」


 皇妃は思わず困った顔をした。まだ毒見が完全に済んだわけではない。しかし執事はすでに確認済みであり、味見までしている。皇妃は少し考え、控えめに匙を差し出した。


「ほんの少しだけですよ」


 子供たちの顔がぱっと輝いた。







皇太子と皇女がスプーンを奪い合い、ちょんと舐めた瞬間——。


「わぁ……あまい!」


「ほんとうだ! 黒糖よりおいしい!」


 二人の無邪気な声が部屋中に響き渡った。


 その様子を見ていた皇妃は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


これまで甘味といえば、祝い事の席にほんのひとかけら与えるのがやっと。皇族すら特別の時にしか口にできない。


だが今、子供たちは目を輝かせて、飴玉でも手に入れたかのように喜んでいる。





 そんな幸福な空気を破ったのは、扉を押し開く重厚な音だった。


「……ここにいたか」


 低く響く声に、部屋にいた者は皆一斉にひざまずいた。現れたのは、この帝国の君主——アネーロ・トゥエル・フォン・バルカン皇帝その人である。


「陛下!」


 皇妃が慌てて立ち上がる。


 皇帝は視線を走らせ、無邪気に笑う子供たちと、机の上に置かれた黄金の瓶に目をとめた。


「甘味の匂いか……?」


「はい、陛下。実は……」


 皇妃は簡潔に説明した。ビック領ホーネット村から新たに献上された“ホーネットシロップ”。これまでの黒糖とは異なり、帝国内で安定的に生産可能な可能性のある甘味であること。そして、既に味見を済ませたこと。


 皇帝は興味深そうに近づき、執事からスプーンを受け取る。黄金色の液体が匙の上でとろりと光を放つ。


 一口。


 強靭な武人としても知られる皇帝の目が、驚きに大きく見開かれた。


「……これは……甘露だ。まさに天の恵みだな!」


 場の空気が揺れる。皇帝が声を高めて賞賛するのは極めて珍しいことだった。


「陛下……!」


 皇妃も改めて深くうなずく。


「この価値、陛下もご理解くださいますね」


 皇帝はすぐに決断を下した。


「ビック領の忠義に報いるためにも、このシロップは帝国専属とする。余の名において、他国への流出を禁ずる。


まずは皇宮への納入を優先し、その後、必要に応じて市井へも商会を通じて少量流通させるがよかろう」


 その言葉にルークスは膝をつき、額を床に押しつけた。


「恐悦至極に存じます……! 義兄のフリード騎士爵と姉オデッセイも、必ずやこのご信頼に応えることでしょう!」


 皇太子と皇女はまだスプーンを握りしめていた。


「お父さま、もう少し……!」


「わたくしも、もうひと口!」


 皇帝は一瞬厳しい顔を見せたが、やがて豪快に笑った。


「ははは、よかろう! 今日は特別だ。お前たちも、この帝国の未来を担う皇子皇女だ。帝国の恵みを最初に味わうのは当然であろう!」


 侍女が小皿にほんの少しずつシロップを分け与える。子供たちは夢中でそれを舐め、口元をぺろりと舐めて笑った。


 皇妃はその光景を見つめながら、心の奥で静かに思う。


——ヴェゼルとオデッセイという人物、ただの地方の騎士爵嫡男と妻に収まる器ではないわ。積み木に知育玩具、そして今度は甘味。全てが帝国を動かす力を秘めている……。


 皇帝もまた、子供たちの笑顔を見ながら、重々しく言葉を続けた。


「初代より続くビック家は、常に辺境で魔物と戦い、忠義を貫いてきた。そして今、新たな形で帝国に貢献しておる。積み木にせよ、この蜜にせよ……誠意と才覚、そして勇を兼ね備えた家と見える」


 皇帝の瞳が鋭くルークスを射抜いた。


「汝の義兄と姉にも伝えよ。余はその働きに深く感謝し、これからも帝国の友として遇するであろう、と」


 ルークスの胸が熱くなる。甥と姉の奇抜な発想が、ついに帝国の中心に届いたのだ。


「ははっ! 必ずお伝えいたします!」


 皇妃もその言葉に頷き、そっと呟いた。


「やはり……あなたは只者ではありませんわ、オデッセイ様」


 こうしてホーネットシロップは、積み木や知育玩具と並び、帝国に新たな価値をもたらす献上品となったのであった。




 謁見が終わり、子供たちは名残惜しそうに空になった小皿を眺めていた。


「ねえ、お母さま。次はもっとたくさんもらえますか?」


「そうね……でも、これはとても貴重なもの。だからこそ大事にしなくてはなりません」


 そう言いつつも、皇妃はふと笑みをこぼした。



「本当に……あの方は毎度毎度、余計な驚きを届けてくださるわね。積み木に知育玩具、そして今度は甘味……また、注文は続くわね……」


 その声は、愛おしさと呆れが入り混じっていた。












無限ループ確定。


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