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第47話 またもや、、、無限に突入か!そうはさせじ!と言いつつも。。

春の訪れを告げるやわらかな風が皇都にも流れ込みはじめたある日の午後、皇妃のもとに執事がそっと告げに来た。


「皇妃様、バネット商会経由で、またビック領ホーネット村からの献上品と手紙が届いております」


 その知らせだけでも皇妃の口元には自然と微笑みが浮かぶ。ここ最近、あの辺境の村から届けられる品々は、どれも子供たちを夢中にさせ、学びを遊びへと変えてくれる特別なものばかりだった。だが今日はさらに続きがあった。


「……それと、普段であれば許されぬことではございますが、その使者にしてオデッセイ殿の弟君、ルークス様が謁見を強く願っております。陛下の公務の妨げにならぬよう、私的な部屋にてでしたら——」


 皇妃はほんの一瞬だけ思案し、すぐに小さくうなずいた。


「よいでしょう。オデッセイの弟君ならば、私も会ってみたいと思っていたところです」


 こうして、皇宮の奥まった私室での、少し特別な謁見が開かれることになった。


 やがて通されたのは、まだ若さの残る面立ちの商人姿の青年。だがその瞳は実直で、姉譲りの誠意が宿っていた。


「初めて拝謁いたします、バネット商会のルークスと申します。このたびは、姉オデッセイに・ビックに代わり献上の品をお届けに参りました」


 深く頭を下げる姿に、皇妃は柔らかな声で応じる。


「顔を上げて。……よくいらしてくださいましたね」


 ルークスは懐から丁寧に包まれた木箱を取り出した。開けられた中には、皇妃達が心待ちにしていた追加の国語セットと算数セット、さらに——見慣れぬ新しい道具が整然と並んでいた。


ルークスが一息つく、姉と相談して決めた口上。いまここで。


「こちらが追加でお納めする国語と算数の学習具でございます。そして……こちらが新しく拵えました分数セットでございます。「甥のヴェゼル」と姉オデッセイの発案により、より直感的に分数を理解できるよう工夫をいたしました」


 皇妃は手を止めた。


「……甥のヴェゼルと、オデッセイの発案?」


 その声はかすかに震えを帯びていた。


 ルークスは躊躇なくうなずく。


「ええ。元はヴェゼルが考え、それを姉と相談しながら形にしたのです。子供にも分かりやすいようにと」


 その言葉に、皇妃は一瞬呼吸を忘れた。


——ヴェゼル? オデッセイの息子で、まだ五歳のはずの……。


 思わず、皇妃はルークスに問い返した。


「あなた、今……五歳の甥が、この玩具を考えついたと?」


「はい。事実にございます。分数の学びに苦戦する従者の少年に、紙の円を分け与えて示したのがきっかけで……。その様子を姉が見て、玩具として形にしようと決めたのです。


 ……ちなみに一連の玩具の発案は全てヴェゼルの発案でございます」


 皇妃の胸に稲妻が走った。


 まだ読み書きを覚える最中であるはずの年齢で、同年齢の子供が使うべき学習具を創案する。そんなことがあり得るのか。


 彼女は先日のオデッセイからの手紙を思い出す。


——「もし、息子が才ゆえに災いを招いたときは、その折にだけ庇護を願いたい」


 あの一文の真意。


 今までは漠然とした母の心配だと思っていた。だが、目の前に示された事実は、ただの母親の杞憂などではなかった。


 皇女と同じ五歳。


 無邪気に遊び、まだ文字を習っている最中の年頃。だというのに、すでに他人が学ぶための道具を考案し、それを実用化できるほどの先見と知恵を備えている——。


 皇妃は小さく吐息をもらした。


「……そういうこと……。オデッセイが案じていた“災い”とは……」


 常識を超えた才は、人を惹きつけると同時に、必ず妬みを呼ぶ。


 子供ゆえに抑えきれぬ才は、ときに災厄となって本人に降りかかる。


 皇妃の指が震え、分数セットの木片をそっと撫でた。


「五歳の子が……これを……」


 呟きは、もはや驚愕と畏怖の入り混じったものだった。


 彼女は心の奥で、強く決意する。


——オデッセイ。あなたの願い、確かに受け取った。


 その子が才ゆえに苦しむとき、必ずこの私が庇護しよう、と。


 ルークスはその皇妃の表情を見て、オデッセイの真意を読み取ってくれたらしいことに、ほっとするのだった。





皇妃が興味深げに目を細めたその時——


「お母さま、何を見ておられるのですか!」


「わたくしも見たいです!」


 廊下の陰からのぞいていた皇太子と皇女が、こらえきれずに飛び込んできた。侍女たちが慌てて止めようとしたが、皇妃は苦笑しながら手で制した。


「まあまあ……。二人とも、少しだけですよ」


 子供たちは嬉々として机の上に広げられた分数セットを手に取り、早速組み合わせて遊び出した。円形の木製パーツがきれいに二分され、四分され、八分されていく様子に、目を輝かせる。


 皇太子はしばし無言で見つめたのち、ふとルークスに声をかけた。


「これは……どう使うのです?」


「はい、殿下。例えばこの円は一枚で一つ。これを半分にすれば二分の一、四つに分ければ四分の一となります。そして四分の一を二枚合わせれば二分の一と同じ大きさになるのです」


 ルークスが実際にパーツを並べ替えて見せると、皇太子の目がぱっと輝いた。


「なるほど……! 今まで数字だけではわからなかったが、これなら一目で理解できる!」


 皇女も楽しげにそれを重ね合わせ、分数の計算を遊びのように繰り返す。皇妃はその様子を見守りながら、心の底から感嘆の吐息を漏らした。


「……やはり、あの母子の見識は恐ろしいほど深いのですね。学びをこれほど楽しく、かつわかりやすくしてしまうとは」


 幸いにも今回は三セット用意されており、子供たちが取り合いをせずに遊べることに皇妃は安堵する。


「よかった……。これなら追加の必要は当分ございませんね」


 皇妃の顔には、母としての安心と、皇家にとっての新たな財産を得た喜びとが、同時に浮かんでいた。







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