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第427話 報告04

部屋に残った者たちの表情は、それぞれ違っていた。だが共通しているものが一つだけあった。


――まだ、何も終わっていない。教国との戦いは、軍事的にはすでに決着している。


クルセイダーの襲撃は止まり、総主教は討たれ、教国の聖都は事実上の政変を経て、エコニックが新たな頂点に立つだろう。


風の精霊達は教国から去り、教国自身もそれを追認している。それでもなお、政治だけは戦場よりも遅く、そして執拗に追いかけてくる。


フリードは腕を組み、低く息を吐いた。「……で、だ。次は帝国の“国内”の話になるな」


その言葉に、誰も異を唱えなかった。問題はただ一つ――これからビック家はどう出るか、である。


オデッセイが、静かに口を開いた。


「一番重要なのは、皇帝陛下が今回の件をどう受け止めているか。そこがすべてよ」


一拍、間を置く。


「表向きには、帝国領内で起きた教国のクルセイダーによる襲撃を退け、さらに再発を防いだ功績として、評価せざるを得ない。でも――」


視線がわずかに鋭くなる。


「内心では、帝国と教国の間で“賠償による手打ち”が成立していたにもかかわらず、ビック家が事前の確認もなく教国へ攻め込み、結果的に戦争を終わらせてしまった。その点を、快く思っていない可能性の方が高いわ」


ルークスがゆっくりと頷いた。


「姉さんには帝都での情報を報告したが、帝国としては、最初のクルセイダー襲撃を受けた時点で、教国を強く詰問し、賠償を引き出して事態を収めたつもりだったようだ。ある意味、全面衝突の口実にもなり得た場面を、外交で終わらせたわけだ」


腕を組んだまま、言葉を続ける。


「それを、また襲撃されたとしても、建前としては地方領主が“知らなかったとはいえ”再び戦火を広げ、しかも勝ってしまった。帝国上層部から見れば、『勝手に面子を潰された』と感じても不思議じゃない」


エスパーダが、低い声で補足する。


「でも、そこには帝国側の落ち度もあるのです。賠償で手打ちにしたという正式な通達が、ビック家には届いていなかったのですよね?」


オデッセイが小さく頷く。


「ええ。時期は冬、距離もあるわ。事情は理解できるのよ。でも結果として、ビック家は“教国と帝国が和解した”とは知らされていない状態だったの」


ルークスは視線を伏せたまま、淡々と整理する。


「その状況で、再び教国が動いた。今度は魔物をけしかけ、風の妖精とクルセイダーを伴い、領都ホーネット村を直接襲撃した」


「……完全にアウトだよな」フリードが低く唸る。


ルークスは顔を上げる。

「そうだ。だから理屈の上では、ビック家はただ――“侵略を受けた側として、その元を断つために反攻した”だけだ。帝国から見ても、正式な終戦通達がなかった以上、この論理は成立する」


一瞬、間が空く。


「ただし」その一言が、空気を引き締めた。


「他国から見れば、こうも映る可能性がある。――帝国が弱腰で教国を許したところを、ビック家が業を煮やして独断で戦争をし、そして勝利した、と」


フリードが苦笑する。「理屈は通っても、印象は最悪ってやつだな」


「政治は、理屈だけでは動かないものね」オデッセイが静かに同意した。


沈黙が落ちる。


その中で、ヴェゼルが慎重に口を開いた。


「……皇帝陛下に、こちらから弁明に行く必要はあるんでしょうか」


視線が集まる。


オデッセイはすぐには答えず、少しだけ考え込む。


「“弁明”という形なら、行かない方がいいわ。それは、自分たちに非があると認めることになる」


グロムが、いつものように口角を上げた。「だが、“報告”と“感謝”なら話は別だ」


「ええ」オデッセイは頷く。


「帝国の秩序に従い、皇帝陛下の統治下で問題を解決した、という体裁を整える。こちらから頭を下げに行くのではなく、戦果と経緯を整理して差し出すの」


そして、わずかに声を落とす。


「その上で、“帝国と教国が和解していたとは知らされていなかった”という事実を、淡々と示す。糾弾はしない。でも、帝国上層部にも説明責任があったはずだ、という形にはできる」


フリードは顎を撫でた。


「つまり……先に動くが、下手には出ない、か」


「ええ。行くとしたら、私とフリード、そして――」


オデッセイは一瞬、ヴェゼルを見る。


「象徴として、ヴェゼルも同行させるべきね」


「僕も、ですか」


「ええ。今回の戦の象徴はあなたよ。精霊と妖精と縁を結び、領を守り、教国の政変にまで関与した領主の嫡男。帝国は、その存在を無視できない」


エスパーダが静かに言った。「皇帝が最も警戒するのは、力そのものではないのです。民に支持される力なのです」


ルークスが苦く笑う。「もう、隠しきれる段階じゃないな」


フリードは大きく息を吐き、決断した。


「よし。皇帝に“弁明”はしない。だが、“報告”と“感謝”、そして――」


ヴェゼルに視線を向ける。


「ビック家は帝国に牙を向ける意思がない、という意思表示だけは、はっきりさせる」


オデッセイは静かに頷いた。


「それでいいと思うわ。帝国にとって、私たちは“危険だが、無視できない存在”。なら、今は“使いづらい敵”より、“扱いにくい味方”でいる方がいい」


ヴェゼルは、そのやり取りを聞きながら思う。


――戦争は終わった。


だが、本当の戦いは、これからなのだ。


剣ではなく、言葉と立場で。


血ではなく、評価と疑念で。


ビック家は、いま、帝国という舞台の中央へと歩み出ようとしていた。




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