第425話 報告02
そしてフリードは、ひとつ咳払いをして話を続けた。
「それでな……教国にいた聖の精霊や風の精霊、それに従っていた妖精たちは、みんな教国を去った」
その言葉に、場の空気がわずかに引き締まる。
精霊が国を見捨てる――それがどれほど異例で、どれほど重い意味を持つかを、この場にいる者たちは肌で理解していた。
「だがな……」
フリードは一度言葉を切り、横に立つヴェゼルにちらりと視線を向ける。
「ここにいる、土の精霊様がな……どういうわけか、このヴェゼルとウマが合ったらしくてな。このビック領に住んでくださることになった」
一瞬の沈黙。
そして、どよめき。
前に進み出た土の精霊は、白く長い髭を揺らしながら、ゆっくりと一礼した。
「そういうわけじゃ。しばらく、この地に世話になる。みんな、よろしくのう」
その肩の上にちょこんと乗っていた小さな影が、ぴょんと跳ねる。
「ルーミーです!」「トールっす!」「タンク!」「ジャスティです。よろしくお願いします」
元気な声、ぶっきらぼうな声、やけに丁寧な声。
それぞれが思い思いに頭を下げ、あるいは手を振るたび、応接室の空気が少しずつ和らいでいく。
その様子を見届けてから、ヴェゼルは自分の胸ポケットを、そっと指で叩いた。
「……出てきていいよ」
恐る恐る顔を出したのは、まだ幼さの残る妖精――アリアだった。
きょろきょろと周囲を見回し、小さく息を吸ってから、深々と頭を下げる。
「サクラお母様の娘の、アリア……です」
一拍の沈黙。
「……え?」
「サクラちゃんに、娘?」
あちこちから、困惑と驚きの声が上がる。
当のサクラはというと、ヴェゼルの頭の上に腰を下ろしたまま、慌ててぶんぶんと首を振った。
「ち、違うのよ! この子が勝手に私のことを“お母様”って呼んでるだけなの! 本当に!」
その必死な否定に、アリアの目が潤む。「か、勝手にって……お母様、ひどい……」
ぽろり、と涙が零れそうになる。
――結果。
なぜか、非難の視線がサクラに集中した。
「……はぁ」
ヴェゼルは大きくため息をつき、前に出る。
「説明します。このアリアは“錬金の妖精”なんです」
皆の視線が集まる。
「でも、錬金って、サクラの闇と同じで、上位の精霊がいない。だから、居場所がなかったようなんです。それで、僕がこの領に来ないかって誘ったんです」
そしてアリアをちらりと見て、続ける。
「アリアの夢に出てくる“お母さん”の姿が、たまたまサクラに似てたらしくて……それで、こうなった」
納得と苦笑が、場に広がった。
「なるほど……」
「それは……仕方ないかもな」
サクラはまだ納得いっていない様子だったが、ひとまず矛先は収まった。
そのとき、土の精霊が腕を組み、ヴェゼルを見下ろす。
「おい、小僧。話はいいから、わしはすぐにでも研究を始めたいのじゃが……わしの部屋はどこかのう?」
「僕たちは土の精様の部屋でいいよ!」「一緒で問題ないっす!」
土の妖精たちが口々に言う中、ジャスティだけが小声で呟いた。
「……掃除が……」
ヴェゼルはその呟きを聞かなかったことにした。
ヴェゼルは視線をオデッセイに向ける。それを受けて、オデッセイは一歩前に出て、柔らかく微笑んだ。
「土の精霊様、とりあえず今夜は客室にお泊まりくださいませ。できる限り早く、専用のお部屋をご用意いたします」
「うむ。かたじけないのう」土の精霊は満足そうに頷いた。
そこでフリードが、再び声を張る。
「とりあえず、今日はここまでだ。細かい話は、後で伝える」
そして、少しだけ声を低くする。
「それと……念のためだ。分かっているとは思うが、土の精霊様と妖精たちの件は、くれぐれも他言無用だ」
この領に精霊が根付いたという事実が、どれほどの波紋を呼ぶか――皆、理解していた。
妖精の噂によって教国がビック領にちょっかいを出したことでも一目瞭然だったのだから。
全員が、静かに、しかし確かに頷く。
こうして、戦後最初の報告は終わった。
ビック領は、気づかぬうちに――
また一つ、とんでもない“モノ”を抱え込んだのだった。




