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第423話 帰領

ルドルフとシャノンの背中の速さは、やはり圧倒的だった。


先頭を走るのはルドルフ、その後を追うようにシャノンが続く。二匹が駆け抜けるたび、魔の森の木々は進路を譲るかのように左右へと割れ、枝も蔦も絡みつくことなく後方へと流れていった。


邪魔するものは何一つなく、景色だけが猛烈な勢いで後退していく。


よく目を凝らせば、前方にはルドルフとシャノンの配下たちが先行しているのが見えた。彼らが先に森を走り、魔物を散らし、道を整える――どうやら先導役を担っているらしい。


その最中、ルドルフの念話が響いてくる。『今の速度、私は三割、シャノンは四割。うふふっ』


その一言に、ヴェゼルは内心で驚愕した。この速度で、まだ三割だというのか。


サクラと、土の妖精たち――ルーミー、タンク、トールの三人は、ポケットやバッグから顔を出し、風を切る感覚を楽しそうに味わっている。ジャスティは怖いのか顔を出していない。一方でアリアは、ヴェゼルの体にしがみつき、顔も出さぬまま小刻みに震えていた。


二匹は基本的に止まることなく走り続けた。


夜にはさすがに休息を取る。道中の途中で皆が用を足すための休憩、昼食のために止まった以外は、ほとんど減速することすらなかった。


そして気がつけば、一行は次の日の午後には、ビック領側の魔の森を抜けていた。森を抜けたところで背中から降りる。ルドルフとシャノンに礼を言った後、フリードが周囲を見渡し、軽く顎をしゃくる。


「この先は歩こう。あまり村に近いところで、本来の姿を見せるわけにもいかん」


シャノンとルドルフの存在は、領民にとって“安心”よりも先に“驚き”を呼ぶだろう。余計な不安を与えぬための判断だった。


そこから小一時間ほど、雪の道を歩き続け――やがて、ホーネット村の正門が視界に入る。


最初に気づいたのは、門番のガゼールだった。


すぐに正門が慌ただしく開き、人影が次々と外へと現れる。


先頭に立っていたのはオデッセイとアクティ、グロム、コンテッサ。


さらに帝都から戻ったルークスとステリナ、その横にはカムシン、カテラ、カムリ、トレノ、アトンの姿もある。どうやらガゼールが領館へ知らせを走らせてくれたようだ。


年が明けたせいか、アクティは以前より少し背が伸びたように見えた。


真っ先に動いたのはオデッセイだった。


フリードの姿を認めるや否や、勢いよく飛びつく。


「……無事に帰ってきたのね」安堵の滲んだ声だった。


だが次の瞬間、オデッセイはぱっと離れ、今度はヴェゼルの前に立つ。


「ヴェゼル、じっとしてなさい」


手足、胴、肩――慣れた手つきで傷がないかを確かめ、最後にぎゅっと抱きしめる。


「おかえり」


そこへ、アクティも勢いよく飛びついた。


「おかえりなさい!」


その拍子に、ヴェゼルのポケットからサクラがひょこっと飛び出す。


「サクラちゃんも、帰ってきたわよ!」


さらに反対側のポケットから、アリアがおそるおそる顔を出すと、アクティが目を輝かせた。


「もう一人の妖精さん!」


場の空気が一気に和むと同時に、周囲の大人たちの表情に、同じ疑問が浮かぶ。


――もう一人?


その頃、エスパーダはオデッセイに向かって頭を下げていた。


「なんとか、無事に帰還しました」


軽く挨拶を交わすと、エスパーダはすぐにアトンのもとへ向かう。


そこでフリードが、皆に向かって言った。


「紹介しよう。こちらが……土の精霊様だ」


その一言で、場が一瞬、凍りついたように静まる。


直後、土の精霊のバッグから、小さな影が四つ、勢いよく飛び出した。


「ルーミーです!」「タンクだよ!」「トールっす!」「ジャスティと申します!」


あちこちから、驚きの声が上がる。


土の精霊は帽子を取ってから、徐にどっしりと胸を張り、オデッセイに向き直った。


「細君か。ワシは土の精霊じゃ。これから土の妖精共々、世話になる。よろしくのう」


オデッセイは一瞬だけ言葉を失い、それから丁寧に挨拶を返した――が、すぐにフリードを睨む。


「……フリード。これは、どういうこと?」


「え?」


「土の精霊様が一人で……妖精さんが、ええと……五人?」


フリードは頭を掻きながら、目を逸らす。


「いや、その……なりゆきで……」


その間にも、アクティ、カムシン、カテラはすでに土の妖精四人を囲み、興味津々に話し込んでいる。


一方、ルークスとステリナはエスパーダと近況を語り合い、グロムがフリードに近づいた。


「おかえり。無事で何よりだ」


「ああ。留守番をありがとう。何もなかったか?」


「問題なかった。領は平穏だ」


それを見渡したオデッセイが、手を打つ。


「ここは寒いわ。話は領館でしましょう」


こうして一同は、談笑しながら移動を始めた。


門をくぐる直前、オデッセイが念を押す。


「他国や他領からの客人もいます。妖精さんたちは隠れて。土の精霊様は……そのコートと帽子を、深く被ってください」


「了解じゃ」


注意深く装いを整え、一行はホーネット村の中へ、そして領館へと向かっていった。


領館に行くまでの村内は、寒さのせいで人影はまばらだったが、フリードとヴェゼルたちの帰還を知ると、次第に人垣ができていく。


「フリード様! 戦争はどうなったのですか!」


「教国共はどうなったのでしょうか!」


「ヴェゼル様ー!」


飛び交う声に、フリードは手を上げて応えた。


「詳しい話は、明日だ! 明日、皆に報告する!」


そう言って、一行は領館へと歩みを進める。


――こうして、旅は無事に終わり、日常がゆっくりと戻り始めたのだった。


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