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第422話 魔の森

そして三日後。


道中、盗賊にも魔物にも一切絡まれることなく、一行は無事、午前中のうちにメリーバ村へと到着した。


奇跡的と言っていいほど何も起こらなかったが、その分、誰かの運が後でまとめて帳尻を合わせに来る気もして、ヴェゼルは考えないことにした。


聖都とは違い、村にはそれなりに雪が積もっている。白く覆われた屋根と道を前に、豪奢な馬車からフリードたちが降り立った。


余計なトラブルを避けるため、ヴェゼルの胸ポケットには左右にサクラとアリア。


サクラは不満げに顔だけを出し、アリアは当然のように収まっている。どうやらサクラはヴェゼルのポケットは、自分専用席だと認識していたらしい。


土の精霊はコートと帽子を目深に被り、バッグの中には土の妖精四人を詰め込んでいる。


バッグが左右に揺れるたび、「あわわわ」「およよよ」と可愛らしい悲鳴が上がり、当人たちはいたって楽しそうだった。


門番の前に来ると、護衛の兵士が簡潔に名乗る。


「エコニック様のご客人だ」


それだけで、事情説明も不要だった。門番は一瞬だけ目を見開き、次の瞬間には丁寧すぎるほどの案内をしてくる。


軽く挨拶を交わし、一行は村で最低限の食料だけを買い込み、休む間もなく門を出て魔の森へと向かった。


門番が怪訝そうな顔で見送っていたが、エコニックの名があれば、疑問はすべて飲み込まれるらしい。


森へ向かう足取りはやけに早かった。


フリードの「早く帰りたい」という圧が、無言で背中を押してくる。


森に入ってしばらくすると、日が傾き、周囲は一気に暗くなる。初日ということもあり、早めにその場で野営を決定した。


テントを張る前に、シャノンとルドルフが、それぞれ遠くまで響く一声を放つ。ほどなくして森がざわりと揺れた。


「狼系はルドルフの部下、ウインドウルフ。闇系は僕の部下、グリムハウルの強者たちが見張ってくれるから、人間も魔物も寄ってこないよ」


得意げに言うシャノンに、誰も反論しない。


ルドルフも「当然」と言わんばかりにふんすと鼻を鳴らした。


こうして安全な野営地が完成し、皆で石や小枝を集めて夕食の準備をする。


簡単に腹を満たすと、驚くほどあっさり就寝となった。


――はずだった。


当然のように、ヴェゼルのテントには人並みの大きさになったサクラ、ルドルフ、シャノンが入り込む。


さらに、「サクラお母様と一緒じゃないと……」と泣き出したアリアまで参戦し、テント内は即座に修羅場と化した。


またいつものお約束の場所決めで一悶着。


『シャノンの隣は嫌。でも主の隣がいい』「ルドルフの隣は嫌」「ヴェゼルの隣は譲らない」「サクラお母様と一緒……でもヴェゼルのそばで……」


四方向から挟まれ、ヴェゼルは静かに悟った。


「……もう、好きにして」


その後、どんな暗闘が繰り広げられたのかは定かではない。


気づけば配置は決まり、全員眠っていたらしい。


夜中、サクラの豪快ないびきで一度起こされ、ルドルフとシャノンの、もぞもぞで再び目が覚め、アリアの寝言を聞き――


相変わらずサクラは寝相が悪く、アリアはサクラが少しでも離れるとすぐにそれを察知して泣きそうに鼻を啜りはじめる。


そんな気配に挟まれながら、ヴェゼルが「やっと眠れた」と思ったその瞬間、朝日が昇ってきた。


寝不足でふらつくヴェゼルとは対照的に、フリード、エスパーダ、土の精霊と妖精たちは驚くほど快眠だったらしい。


当然、サクラ、ルドルフ、シャノン、アリアまで爽快なお目覚めだ。


ヴェゼルは小さく呟いた。


「前世で俺、睡眠に関して何か悪いことしたのかな……」


そんな日の午前。


歩き疲れたという土の精霊に、フリードが橇をヴェゼルの収納箱から出して乗せてやった。


しばらくすると、「橇はガタガタするのう」と不満が出る。


フリードとヴェゼルは揃って苦笑した。


そこで土の精霊が、ふと思いついたようにルドルフとシャノンを見る。


「お主ら、森の強者の魔物じゃろう? 元の姿に戻れば、ワシ達を背に乗せて走れんのか?」


「走れるよ!」即答するシャノン。ルドルフも頷く。


フリード、ヴェゼル、エスパーダの三人は、揃って「なんで今まで言わなかった」という顔になった。


『だって、ご主人と一緒、歩きたかった! お散歩! 楽しい!』


ルドルフが尻尾をふりふりしながらの念を受け取り、ヴェゼルは苦笑しながら諭す。


「でもさ、早く着いて、暖かいところで温かい食事をして、布団でゴロゴロしたくない?」


二匹は顔を見合わせ、こくこくと頷いた。


次の瞬間、バッグからタンクが飛び出す。


「おいしい、あったかい食事!」「あー窮屈だった!」「外、寒いけど明るい!」


妖精たちがわらわら現れ、場は一気に騒がしくなる。


「魔物さんの背中、興味あります!」「面白そう!」「こ、怖くない……?」


ジャスティは口を押さえて青い顔をしていた。あの揺れで酔ったようだ。


「この森で一番安全なのは僕の背中だよ!」


『一番は私よ。あなたは二番』


二匹の間に火花が散る。


「はいはい、そういうのいらないから。二人とも、元の大きさになって」


次の瞬間、ルドルフは風を巻き起こし、巨大なストーンフェンリルに。シャノンは黒い靄をまとい、ノクスパンテラの姿となる。


土の妖精たちは揃って目を丸くした。


再び「誰がどの背中に乗るか」で一悶着あった末、ルドルフは人間を嫌がり、ヴェゼルと土の精霊達だけ。


シャノンにフリードとエスパーダが乗ることになり、シャノンは露骨に渋い顔をした。


妖精たちはポケットやバッグへ収まる。こうして一行は、魔の森を疾駆する。


――歩くより圧倒的に速く、


土の精霊と妖精たちは「ひょー!」と歓声を上げ、バッグから顔を出してはしゃぐ。


アリアはヴェゼルの胸ポケットで小刻みに震え、エスパーダは無表情のまま、フリードにしがみつくが、手が微妙に震えていた。


フリードは雄叫びを上げ、シャノンに「うるさい」と注意されていた。


――そんな、賑やかすぎる二日目の午前だった。


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