第417話 アリアの母説
そして一行は、土の精霊の荷物を引き取るために、風の精霊の部屋へと入った。
ついてきたのは、ヴェゼル、サクラ、エスパーダの三人だけである。
エコニック、タンドラ、プレセアとフェートンは別室で話し合い。
フリードとソニアは――まあ、知らん。好きにしてくれ。
扉を開けた瞬間、ヴェゼルは理解した。
……これは、散らかっている。いや、「雑然」という言葉では生ぬるい。
ゴミこそないが、研究道具、書類、鉱石、本、謎の器具があちこちに積み上がり、床が見えない。山、山、山。
部屋の八割が、どう見ても土の精霊の私物で占拠されている。
知らない者が見れば、「ここ、土の精霊の部屋に風の精霊が間借りしてるんだな」と判断しても不思議ではない惨状だった。
さすがのサクラも顔を顰め、土の妖精たちも一瞬、足を止める。
そんな中、トールがぽつりと言った。
「……いつもよりは、綺麗だね」
ゾッとするヴェゼル。
「風の精霊がな、よう掃除してくれておったんじゃ」
土の精霊が腕を組み、なぜか不満げに続ける。
「だが、ここ数日は忙しいらしくてな。掃除してくれんかった。まったく」
その言葉に、土の妖精たちが一斉に頷いた。
「風の精様、毎日掃除してくれてたの!」
「研究始まると土の精様、お風呂も入らないから、あったかいタオルで体を拭いてあげてたの!」
「食事もしないから、スプーンで口まで運んであげてたのよ!」
「パンツも履かせてあげてた!」
「そこまで!?」ヴェゼルは思わず声を上げる。
「うちの領に来たら、原則、自分のことは自分でやってもらいますからね!」
だが、土の精霊はまるで聞いていない。
近くの鉱石を手に取り、勝手に話を始める。
「なぁ小僧よ。この鉱石はな、磨くと綺麗な青緑になっての……」
――聞いてない。
聞こえてないのか、聞かないふりなのか、判断に困る。
つい少し前まで敵だった相手だが、ヴェゼルは風の精霊の苦労を心から理解した。
そして、ほんの一瞬だけ、ほんの一瞬だけ思う。(……土の精霊をホーネット村に迎えるの、失敗だったのかも)
気を取り直し、ヴェゼルは土の精霊の荷物を収納しようと、腕の中のアリアをエスパーダへ渡そうとした。
――その瞬間。
エスパーダの皮膚にちょっと触れたと思ったら、アリアがぱちりと目を開き、エスパーダの顔を見た。
途端、「こ、怖い!!」
叫んで泣き出し、ヴェゼルの頬に羽をばたつかせながら飛んでいき、ぎゅっとしがみつく。
「……」
何もしていないのに嫌われたエスパーダは、静かに膝を折りかけた。
「……なぜなんでしょうか」
ヴェゼルも正直、理由がわからない。
しばらくして、ようやくアリアが落ち着いたところで、ヴェゼルは優しく声をかけた。
「アリア。俺たちは明日、別の国に帰るんだ。だから……お別れなんだけど、アリアはこれからどうするの?」
その途端、再び大泣き。
「……困ったな」ヴェゼルが呟く。
泣きながら、アリアは言葉を絞り出す。
「私は……いつも一人……話しかけても、みんなに嫌われちゃうの……」
「本当は……風の精様と一緒に行きたかった……でも、妖精のみんなが……来るなって……」
そして、嗚咽混じりに。
「私は……誰にも必要とされてない……錬金の精様も、いないし……」
ヴェゼルは少し考えてから、言った。
「土の精霊さんも、土の妖精たちも、俺の領に来るよ。元々、サクラもいる。……アリアも、一緒に来る?」
アリアは顔を上げ、不安そうに聞く。
「……怒らない?」「……仲間はずれにしない?」
「しないよ」ヴェゼルは即答した。
「ね? サクラ」
振られたサクラは腕を組む。
「しょうがないわね。私が妖精第一夫人だから、それを邪魔しない限りはいいわよ!」
すると、土の妖精四人とアリアの声が見事に重なる。
「「「「妖精の第一夫人?」」」」
「……」
ヴェゼルは苦笑いした。「サクラは、俺の婚約者だよ」
「やっぱりそうなのね!」土の妖精たちは納得した様子だ。
そのとき、アリアは、そこではじめてサクラと目があった。しばらくまじまじとサクラを見つめた後、ぽつりと言った。
「……お母様?」
「ちょっと待って!?」サクラが即座に否定する。
「私はまだ子供なんて産んでないわよ!」
「夢に出てきたお母様に、似てるの……」
そう言って、アリアはサクラに飛びつき、ぎゅっと抱きつく。
ヴェゼルは疑わしげな目でサクラを見る。
「……って言ってるけど、本当はサクラの子なんじゃないの? なんか似てる気もするし」
「違うってば! 私はまだおボコよ!!」
「おボコ?」妖精たちは首を傾げる。
深いため息とともに、エスパーダが締めた。
「……もう話が進みませんね。では、荷物を収納して、明日に備えましょう。やることは山積みです」
「そうじゃのう」「じゃあ、整理しよっか!」
土の精霊と土の妖精たちは散っていった。
残されたのは、ヴェゼル、サクラ、そしてサクラにしがみつくアリア。
ヴェゼルは苦笑しながら、改めて聞く。
「……じゃあ、アリア。うちの領に来る?」
アリアはサクラに抱きついたまま、元気いっぱいに頷いた。
「うん!」
――こうして、また一人、厄介で愛らしい同居人が増えることになったのだった。




