表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

432/445

第414話 錬金の妖精アリア02

ヴェゼルは、アリアを両手でそっと抱えたまま、視線を合わせるように顔を近づけた。


「どうしたの? 風の精霊の話だと、妖精のみんなを引き連れて教国を出るって聞いてたけど」


アリアは小さく身をすくめ、唇を震わせるだけで答えられない。


そこで、はっと思い出したようにエコニックが口を挟んだ。


「そういえば……風の精霊様から、『一人だけ妖精様が残るから、その子の面倒を見てほしい』と頼まれていました」


「一人だけ?」ヴェゼルが優しく問い返す。


「どうして、君だけ残ったの?」


その瞬間、アリアの目に涙が溜まり、ポロポロと零れ落ちる。声を出そうとしても、喉が詰まって言葉にはならない。ただ泣くばかりだった。


――と。


奥の扉が、勢いよく開いた。


「おい! 小僧ぉぉぉ!!」


土の精霊が、怒号とともにずかずかと入ってくる。


「やはりワシでは無理じゃ!! どうやってもプラチナがプレミスにならん!! ミスリルにするなど、夢のまた夢じゃ!! どうすればいいんじゃああああ!!」


半泣き半ギレの勢いで、一直線にヴェゼルへ詰め寄る。その背後には、四人の妖精がわらわらと続いていた。


「この人間が、土の精様の言ってた人?」「思ったより小さいね」「でも、ちょっとカッコいいかも」「それより、お腹すいたー」


好き勝手に口々に言う土の妖精たち。


状況を把握する前に、土の精霊はサクラを見つけ、何かの塊を手にぴたりとそれを突きつけた。


「おい! 闇よ! 泣けとは言わぬ! だからこのプラチナの塊を舐めてくれ!!」


「はぁ!?」


「お主が舐めれば、何かが変わるかもしれんじゃろうが!! 何事も実験じゃ!」


「そんなもん、口に入れられるわけないでしょ!!」


土の精霊は、なおも食い下がる。


「じゃあ、唾! そうじゃ、唾を吐きかけよ!」


「いやよ! 変態なんじゃないの!」


即座にサクラが怒鳴り返す。


場の空気は、一気に混沌と化した。


泣く妖精、喚く精霊、騒ぐ妖精たち、怒る闇の妖精。エスパーダはこめかみを押さえ、静かに天を仰いだ。


「……頭が痛い」


そこへ、フェートンが一歩前に出て、両手を打ち鳴らす。


「皆さん! 一度、落ち着きましょう!」


その声に、漸くざわめきが収まる。


「タンドラ様、エコニック様、フリード様! ビック領と教国のお話は、もうここで一区切りということでよろしいですね?」


フリードとタンドラは、疲れ切った顔で、揃ってこくこくと頷いた。


「ではエコニック様、一度、隣の会議室へ移動して、話を整理しましょう」


誰も反論できず、全員がその提案に従うことになった。


そのごたごたの最中。


人の声と精霊の気配が入り乱れる喧騒のただ中で、ヴェゼルの両手の中にいるアリアは、いつの間にか静かな寝息を立てていた。


小さな胸が規則正しく上下し、先ほどまで涙で濡れていた睫毛は、安らいだように伏せられている。泣き疲れたこともあるのだろうが、何より、包み込む手の温かさが、彼女の緊張をすべてほどいてしまったらしい。


それに気づいたサクラが、ちらりと横目で見て、鼻を鳴らした。


「ずいぶん健気な登場かと思ったけど……この状況で寝るなんて、相当図太い性格してるわね」


「はは……」


ヴェゼルは苦笑しながら、アリアを落とさぬよう、そっと手の位置を直す。その仕草は無意識のもので、まるで最初からそうしていたかのように自然だった。


それを見て、土の精霊が目を見開いた。


「……ほう」


低く感心したような声を漏らし、ヴェゼルと、その手の中の妖精をまじまじと見つめる。


「はじめて会った相手の手の中で眠るとはの。闇の妖精もどうかと思ったが……お前さん、不思議と妖精に好かれるのう」


ヴェゼルは少し困ったように首を傾げる。


「そう、なんですか?」


「うむ。前にも言ったがな、妖精というのはの、基本的に警戒心が強い。人間の手の中で、無防備に眠ることなど、そうそうあることではないのう」


土の精霊は、どこか面白そうに笑った。


「安心させるのが上手いのか、それとも……生まれつき、そういう気配を持っておるのか。どちらにせよ、珍しいことじゃ」


サクラが腕を組み、じっとヴェゼルを見る。


「……変なところで才能発揮するわね!」


「褒めてる?」


「半分だけ」


そんなやり取りを背に、ヴェゼルは眠るアリアを大切そうに抱えたまま、皆とともに隣の部屋へと向かう。


――この出会いが、ただの偶然ではないことを、その場の誰もが、まだ言葉にはしていなかった。


しかし、この騒動は、どうやらまだ終わりそうになかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ