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第411話 誠意ってなにかね

スピアーノの死後、混乱の余波がようやく表層から引き始めた頃。


エコニックとタンドラ、そして正気を取り戻した高位聖職者たちは、神殿の奥で密やかに協議を重ねていた。


聖の名を掲げてきた者たちが、初めて“神ではない基準”で物事を決める会議だった。


誰もが疲弊し、誰もが理解していた。


ここで誤れば、また教国は内側から崩れ、外からも滅ぼされる、と。


フォルツァ商業連合国の外交全権代理大使と、その武官が「戦争である」と公式に認めた事実は、救いでもあり、同時に刃でもあった。


これをどう扱うかで、すべてが決まる。もし、これをバルカン帝国とトランザルプ神聖教国の戦争とすれば。


教国は敗戦国となり、帝国は宗教国家を下した“征服者”だけならまだよいが、現実は宗教国家に戦争を仕掛けたと国際的に非難を浴びる可能性もある。


逆に、帝国がそれを否定すれば――今度は、ビック領が「帝国の許可なく他国と戦争した存在」として咎められる可能性が生じる。


どちらに転んでも、破滅だった。


沈黙の中で、最初に口を開いたのはエコニックだった。


「……ならば、答えは一つです」


誰も遮らなかった。


「この戦争は、バルカン帝国のものではない。あくまで――ビック領と、トランザルプ神聖教国との戦争だった、とする」


タンドラは目を閉じ、深く息を吐いた。


それは、教国が“神の庇護下にある国家”という建前を、自ら削り落とす決断だった。


「……敗戦も、認めるのですね」


「はい」エコニックは、はっきりと頷いた。


「我々は、負けました。神ではなく、人に。聖ではなく、人の意思に」


その言葉に、高位聖職者たちは誰一人として反論できなかった。


やがて結論は、形を成す。


教国は、今回の戦争を明記する。


『ビック領とトランザルプ神聖教国との戦争であり、教国は正式に敗戦した』と。


そして、その敗者としての責任を、最大限の形で示す。


ビック領を、教国における最恵国(領)待遇とすること。

未来永劫、教国はビック領に刃を向けぬこと。


そして――


フリード・フォン・ビックに、『トランザルプ神聖教国金救国勲章』を授与すること。


その名が口にされた瞬間、場の空気が変わった。


それは、世界的にも知られている教国における最上位の勲章。


「救国」の名が示す通り、国家を存続させるに等しい功績を成した者にのみ授けられる、特別中の特別。


過去にこの勲章を受けたのは、ただ一人。


精霊とともに教国を建てた、初代総主教のみ。


今回は、さらに異例だった。


この勲章は、次代まで告知される特例を伴う。


すなわち――フリードの死後、ヴェゼルもまた、この勲章を授かる資格を有する。


それは勲章であり、同時に宣言だった。


この勲章には、教国領内における

・軍および聖騎士団への勧告権

・国家緊急時の介入要請権

・準国家元首級の待遇

が付随する。


命令ではない。


だが、無視すれば“教国そのものの意思”を否定したと見なされる。


さらに、書面にはこうも記された。


――宗教国家が、神ではなく人に頭を下げた前例として、これを認める。


つまりそれは、「教国が、ビック家を国家存続の保証人に選んだ」と読むこともできる文書だった。


今後、ビック家に触れることは宗教問題となり、それを無視すれば外交問題となり、力で押せば内政干渉となる。


教国は、自ら退路を断ち、同時にビック家を守る檻を世界に宣誓したのだ。


また、エスパーダに対しても、異例の措置が取られた。


教国史上初となる、正式な破門無効宣告。これはエスパーダの破門が間違いだったと認めたことになる宣言だった。


そして、教国へ入国した際には、主教と同等の待遇を保証する旨が、同じく書面に記される。


それは、ビック領への敗戦を、教国が公に認めた証だった。


すべてが終わった後、タンドラは静かに呟いた。


「……これで、もう教国は精霊様や神の意思という理由に逃げることは、できなくなりましたな」


エコニックは、頷いた。


「ええ。だからこそ……これからは、人の意思で歩むのです」


神殿の外では、朝の光が差し込み始めていた。


だが、誰一人として、それを“救い”とは呼ばなかった。


それでも――


教国は、ようやく自分の足で立つ覚悟を決めたのだ。


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