第403話 襲撃作戦の開始18
シャノンの牙と爪が、闇を裂いて迫った。
その動きは、純粋な獣の衝動ではない。理性に裏打ちされ、確実に相手を殺すために最適化された、洗練された殺意だった。空気が裂け、夜が唸る。
だが、スピアーノは一歩も退かない。
振り下ろされた爪を、剣で受け止める。衝突の衝撃で火花が散り、金属音が低く鳴った。続けて噛みつこうとした牙を、手首のわずかな返しだけで弾き飛ばす。その動作には、力任せな荒さはない。熟練者特有の、無駄を削ぎ落とした静けさがあった。
同時に、ヴェゼルが踏み込む。
細い身体から放たれる剣は、迷いがない。狙いは常に急所。最短で相手を斬るための剣筋だった。しかし、その刃もまた、寸分違わずスピアーノの剣に受け流される。甲高い金属音が重なり、火花が夜空に散った。
――次だ。
そう判断したかのように、背後から風を切る音が走る。
フリードだった。
最後に残った聖の魔力を振り絞り、全身の体重を乗せて剣を振り下ろす。その一撃は、熟練な戦士の覚悟そのものだった。
――さすがに、これは不味い。
スピアーノは即座にそう判断したのだろう。半身を捻って致命を避ける。しかし、完全には間に合わなかった。
剣が右肩に深々と突き刺さる。肉を抉り、骨に届き、血が一気に噴き出した。赤い雫が石畳に落ち、乾いた音を立てて広がる。
剣はスピアーノの身体に刺さったまま。
フリードは体力と魔力の限界に達し、そのまま剣を手放した。
「……少しは、やるではないか」低く、どこか愉しげな声。
「届かなかったか……ヴェゼル、すまんな……」
フリードはその場に膝をついた。もはや立ち上がる力は残っていない。すぐさまエスパーダが駆け寄り、治癒の光を流し込む。
「フリード様!」
その様子を眺めながら、風の精霊が声を上げる。
「素晴らしいではないですか! スピアーノ様が傷つくとは、はじめてではないですか?」
だが、その声音に焦りはない。相変わらずスピアーノが負ける可能性など、微塵も考えていない様子だ。
スピアーノは、自分の右肩を無表情で見下ろす。刺さったままの剣を乱暴に掴み、そのまま引き抜いた。血が再び噴き出す。
「……ふん」
それだけ呟くと、聖の光が肩を包み込んだ。裂けた肉が塞がり、砕けかけた骨が繋がり、流れていた血が止まる。痛みすら存在しなかったかのように、彼は肩を一度、大きく回す。
一堂が、思わず息を呑む。
ヴェゼルとシャノンは、言葉を交わさず目配せした。
――次で決める。その覚悟が、二人の間に無言で伝わる。そしてまた同時に踏み込む。
剣と、牙と、爪が、三方向から襲いかかる。
スピアーノの意識が、ヴェゼルとシャノンへと向く。
その刹那だった。ヴェゼルの影が、不自然に揺れた。
影から躍り出たのは、ルドルフだった。闇を纏った身体が、一直線にスピアーノの首元へと食らいつく。完全な奇襲。ヴェゼルとシャノンは、そのための囮に過ぎなかった。
一瞬、スピアーノの表情が歪む。歯が喉元に食い込み、確かな苦痛が走る。
だが、それは本当に、一瞬だけだった。
「……楽しくなってきたではないか」
次の瞬間、スピアーノは片手でルドルフの首根っこを掴み、そのまま地面へと叩きつけた。石畳が砕け、衝撃が波となって周囲に走る。
それでも、ルドルフはすぐに立ち上がる。
「だが――それだけでは、まだ足りんぞ」
スピアーノが、戦意を露わにして叫ぶ。
すると、ルドルフの身体が風と闇に包まれ、魔力が噴き上がった。肉体が再構成され、本来の姿――ストームフェンリルへと変じる。
同時に、シャノンもまた闇を膨張させ、ノクスパンテラとしての本性を完全に現した。
三対一。
スピアーノの口角が、ゆっくりと上がる。だが、その数は、意味を持たなかった。
ノクスパンテラの風刃が舞い、爪と牙と尾が嵐のように襲いかかる。
ストームフェンリルは闇と風を重ねた魔法を叩きつけ、空間そのものを削り取る。ヴェゼルもまた、剣と収納魔法を操り、足元を不安定にし、退路を断つ。
交互に、執拗に、隙を作り続ける。
――それでも。スピアーノは、倒れなかった。
風の加護が攻撃の軌道を歪め、聖の加護が衝撃を殺す。剣は常に急所を外し、魔法は最小限の動きで散らされる。
「……ほう。これで、ようやく対等と言ったところか」
そう言って、彼は笑った。
「だがな――私は、もっと強いぞ」
剣を片手に構えたまま、もう一方の手で魔法の渦を作る。風と聖の魔力が瞬時に練り上げられ、間を置かずに放たれた。
避ける暇すらない連撃。
嵐の刃。光の槍。圧縮された聖なる衝撃。
一撃、また一撃。
ヴェゼルが吹き飛ばされ、ルドルフが地に伏し、シャノンの身体に深い裂傷が走る。立ち上がり、挑み、また叩き落とされる。そのたびに、牙が折れ、爪が欠け、魔力が削られていく。
ヴェゼルの手足から血が流れ、もはや満身創痍だった。
エスパーダも前に出ようとするが、近づくことすら許されない。
フリードも動こうとするが、すでに魔力も体力も尽きていた。
やがて――。三者は地に倒れた。
血に濡れ、呼吸は荒く、魔力も完全に枯れ、指一本動かせない。
スピアーノは、その光景を見下ろし、静かに言った。
「これで、おしまいだ」わずかに、残念そうな声音で。
「……良い戦いだったよ」
彼は、膨大な魔力を解き放つ。風と聖が絡み合い、空間そのものが軋み始める。終焉のための一撃が、ゆっくりと、確実に形を成していった。
ヴェゼルはその膨大な渦の魔法を収納しようと、収納箱をその魔法に投げつけるが、スピアーノに無造作に叩き落とされる。
「無駄な悪あがきだ…」
そしてスピアーノの風と聖が絡み合い、その膨張した魔法を解き放とうとしたとき、
――その瞬間を、待つかのように。
夜の闇が、ざわりと揺れた。
戦闘シーンでその筆者の力量が問われますな。。
はぁ、、、、むずかしす。




