第400話 襲撃作戦の開始15
シャノンとルドルフは、不満を隠そうともせず言い募った。
「最初から呼んでくれれば、もっと早く終わったのに!」
それに対し、ヴェゼルも、フリードも、エスパーダも――なぜか一斉に視線を逸らした。
気まずい沈黙の中、ヴェゼルがぼそりと小声で呟く。
「だって……最初からルドルフとシャノン頼みだと、なんか……かっこわるいじゃないか」
すると、床に座り込み、エスパーダに半ば抱えられているフリードが、真顔でウンウンと頷いた。親子で同じ感覚らしい。
エスパーダは思わず天を仰ぐ。「……命のやり取りの最中に、そんな理由ですか」
ヴェゼルは少しだけ言い訳がましく続けた。
「本当は総主教と風の精霊に会うまでは、二人の力を隠しておきたかったんだよ。どこで見られているかわからないし……総主教は人間だけど、相手は精霊でしょ? どんな能力か分からないから……」
その説明に、ルドルフとシャノンは顔を見合わせ、「……まぁ、そうか」と納得したように頷いた。
「うん、用心深いのは良いことだ」なぜかフリードも、偉そうに同意している。
その間にも、高位聖職者たちは悲鳴を上げていた。
「ひぃっ!」「化け物だぁ!」
重たい身体を引きずりながら、我先にと奥の部屋へ逃げ込んでいく。おそらく――いや、間違いなく、そこが総主教の私室なのだろう。
もっとも、この大騒ぎで、もう気づいていないはずもなかったが。
フリードは「よっこらせ」と声を出して立ち上がり、次の瞬間、その場でふらりとよろけた。
「……おー、なんか世界が回ってるな」
エスパーダが即座に支えながら言う。「血を流しすぎです。典型的な貧血ですよ」
「なんだ、そんなことか」フリードはあっけらかんと笑う。
「飯でも食えば治るだろ!」
そこへ、エコニック、フェートン、プレセア、ソニアが合流した。
フェートンはヴェゼルの返り血などまるで気にせず、勢いよくヴェゼルに抱きつく。
「ヴェゼルちゃん……!」――バイン、というあの音が聞こえる。
その様子を見て、プレセアが歯ぎしりする。
「さっきから何なのよ………あの近衛ナントカ爵の男の人には……需要が無いとか言われたし……」
ぶつぶつと恨み言が止まらない。
一方ソニアは、何事もなかったかのようにシャノンを抱き上げる。
「よしよし、よいこでちゅねー」頭を撫でている。シャノンは満足げだ。
エコニックはフリードの元へ駆け寄り、念のために治癒の魔法をかけた。
光に包まれながら、場の空気は一瞬だけ、奇妙な談笑に包まれる。
フリードは立ち上がり、剣を肩に担いだまま、何気ない調子でエスパーダに声をかけた。
「あの扉の向こうに、エスパーダさんの親父さんがいるんだろ?」
指で示された先には、重厚な扉が一つ、沈黙を守るように佇んでいる。フリードは少しだけ真面目な顔になり、だがすぐにいつもの雑な笑みを浮かべた。
「あらためて聞くが……いいのか? 俺とヴェゼルが入って…そいつらを見れば間違いなく殺すぞ。父親が死ぬところを見るのは、さすがに辛いんじゃねえか?」
一拍置いて、冗談めかした声で続ける。
「まぁ、万が一にもねえが、逆に俺たちが殺される可能性もあるけどな! ははっ!」
そう笑った後、フリードはちょっとだけふらついて、首をブルブルと振った。
エスパーダは少しだけ目を伏せ、それから静かに口を開いた。
「……この教国を、たとえ精霊の導きがあったのだとしても、ここまで腐らせてしまった責任は、間違いなく国の頂点に立つ者――父にあります」
言葉は穏やかだが、芯は揺るがない。
「たとえ父が傀儡であったとしても、その責は免れません。それに……民も、もう誰かを“生贄”にしなければ収まりがつかないところまで来ているのでしょう」
少し苦笑して続ける。
「国の指導者とは、そういう立場です。民もまた、決して甘くはありません。低きに流れるのが民――一度“悪”と定められたものを覆すのは、容易ではないのです」
そして、淡々とした声で付け加えた。
「私と父は、すでに絶縁しています。今後どうなろうとも、それは自分の運命として受け入れるつもりです」
一瞬だけ、表情が和らぐ。
「……もっとも、私はまだ新婚ですので。妻のアトンの顔をもっと見たいとは思っています。生きる努力は、怠りませんが。これを終わらせてビック領に帰って、フリード様とまたで美味しいものを食べましょうね? 何が良いでしょうかね?」
それを聞きながら、ヴェゼルは内心で全く別のことを考えていた。
(……今の、新婚アピール、完全にフラグじゃないか? これ、物語的に一番危ないやつだよな……)
一方のフリードは、エスパーダの長い話を真剣に聞き終えた――ように見せて、豪快に頷いた。
「おう! そうだな! さすがエスパーダさんだ! 俺もそう思う!」
しかしその実、顔色はまだ悪く、目も少し泳いでいる。血が圧倒的に足りていないのだ。
話の内容は半分も入っていなかったが、(エスパーダさんが変なこと言うはずないだろう)という謎の信頼だけで、勢いよく相槌を打っただけだった。
その様子を見ていたエコニック、フェートン、プレセア、ソニア、そしてルドルフとシャノン――全員が同じことを悟る。(あ、これ、何も聞いてないやつだな)と。
なんとも言えない空気が流れたところで、エコニックが柔らかく微笑んだ。
「……エスパーダ様には、まだいろいろと教わりたいこともございましたが。今はもう、ビック領の領民でいらっしゃるのですものね」
どこか残念そうな声音だった。
すこし間をおいてから、ヴェゼルが一歩前に出て、全員を見回す。
「これから先に進んで総主教の部屋に入るのは、俺と父さんとエスパーダさん、それにルドルフとシャノンだけにします」
真剣な目で続ける。
「総主教も、風の精霊も……皆さんに何もしないとは断言できないので。だから、中を制圧したら、ルドルフかシャノンを知らせに戻らせます。それを確認してから、部屋に入ってきてほしいんです」
全員が、今度ははっきりと頷いた。
重い戦いの直前だというのに、どこか間の抜けた空気を残したまま――
一行は、最後の扉へと向き直ったのだった。
やがてフリードが剣を担ぎ直してから、言った。
「……さて、行くか」
そして、いつもの調子で続ける。「総主教と、風の精霊を殺さなきゃな」
その言葉に、エスパーダは小さく息を吸い、覚悟を決めた顔で頷く。
一行は、逃げ込んだ高位聖職者たちの後を追い、漸く総主教の部屋へと向かったのだった。
100話もいかずに終わると思ったのに。。もう400話か。
富士山で言うと、、今は6合目くらいかな。。
まぁ、車で5合目まではいけるんですが。




