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第398話 襲撃作戦の開始13

倒れたフリードに、すぐさまエスパーダが駆け寄り、聖の魔法を注ぎ込む。しかし、流れ落ちた血はあまりにも多く、癒しは追いつかない。


その光景を一瞥し、ウラッコは淡々と言い放った。


「次です。――その小僧を排除しなさい。死んでもかまいません」


合図と同時に、風と聖の魔法が一斉に向きを変え、ヴェゼルへと集中する。咄嗟に身を翻し、彼は父が手放した剣を掴んだ。だが、その剣は、今の彼にはあまりにも重い。


剣を持ち上げようとするが、膝が沈みかける。その時だった。


「ヴェゼルちゃん!」


背後から聞き覚えのある声が飛ぶ。振り向いた瞬間、投げ放たれた一本の剣が宙を切り、ヴェゼルは反射的にそれを受け止めた。


ウラッコが目を細め、粘ついた声で言う。


「おやおや……やはりフォルツァ商業連合国は、敵ということですかな?」


その問いに、プレセアは即座に首を振った。


「いいえ。私はあくまで中立よ。そこは勘違いしないで」


軽やかな口調のまま、彼女は続ける。


「でもね、フォルツァ商業連合国は“商人の国”なの。武器だろうが、防具だろうが――売ってくれと言われれば、相手を選ばず売る。それだけの話よ。」


彼女はヴェゼルへ視線を向け、わざとらしく指を鳴らした。


「安心して。これは“援軍”でも“加勢”でもないわ。正規の商取引よ」


そして、楽しげに付け加える。


「ただし――ヴェゼルちゃん。この剣、かなり高くつくわよ?」


ヴェゼルは一瞬だけ眉を寄せ、それから小さく息を吐いた。


「……押し売りかよ………わかったよ」


そう答えながら、剣を構える。その口元には、状況とはあまりにも不釣り合いな――静かで、確信に満ちた笑みが浮かんでいた。



プレセアから投げ渡された剣を受け取ったヴェゼルは、息を整える間もなく魔法聖職たちと正面から向き合った。


その瞳に迷いはない。伊達に、フリードと毎日剣を振り続けてきたわけではなかった。


小さな体を低く沈め、風と聖の魔法が詠唱される、その刹那――ヴェゼルは一気に踏み込む。魔法が成立する前のわずかな隙。相手の懐深く潜り込み、プレセアの剣を横薙ぎに振るった。


刃は魔法衣に阻まれ、加護があryというで通常よりも致命までは届かない。だが、確かな手応えと共に血が迸る。


距離を取らせない。離れれば、即座に魔法の的になる。それを知っているからこそ、ヴェゼルは相手に張り付くように剣を振るい続けた。


「ちょこまかとうるさい小僧だ!」


苛立ちを露わにした魔法聖職が、短い詠唱で即席の魔法を放とうとした、その瞬間だった。


ヴェゼルの動きが一段、静かになる。


次の瞬間、剣先がすっと相手の首筋へと吸い込まれ、そして、迷いなく引き抜かれた。血が噴き出し、魔法聖職は声もなく崩れ落ちる。


同時に、隣で詠唱に集中していたもう一人へ、ヴェゼルは踏み込む。詠唱して開いている口元――を狙い、剣を突き立てた。


刃は詠唱中の魔力ごと喉奥へと飲み込まれ、相手はそのまま絶命する。


倒れた魔法聖職の頭を無造作に踏んで押さえつけ、ヴェゼルは剣を引き抜いた。


――これで二人。だが、その刹那、距離が開いた。


次の瞬間、他の魔法聖職から放たれた風と聖の魔法が、一斉にヴェゼルへと殺到する。


ヴェゼルが避けるのは無理と判断し、身構えようとした瞬間、間に割って入った影があった。


フリードだった。彼は躊躇なく体を盾にし、幾発もの魔法をその身で受け止める。衝撃に膝が揺れ、口元から血が溢れた。それでも彼は、ヴェゼルの方を見て――ニヤリと笑った。


「……剣も、上手くなってるじゃねえか。さすが、俺の息子だ」


「父さん! なぜ……!」


叫ぶヴェゼルに、フリードは息を荒げながらも、低く言い切る。


「決まってるだろ。自分の子を守るのは、親の務めだ。どんな時でもな」


そのやり取りを横で見ていたエスパーダは、思わず視線を落とした。


かつてなら、エスパーダもまた、父の庇護の下で教国の主教として安穏と生きていたはずだった。


民が苦しむ現実から視線を逸らし、信仰の名の下に都合の良い理屈を重ね、それを「正義」だと思い込んでいた時代。


幼い頃、総主教である父は、確かに優しかった。


だが母が亡くなった日を境に、すべてが変わった。父は精霊に縋り、その言葉を疑うことなく盲信しはじめた。風の精霊の託宣を絶対のものとし、民の声よりも精霊の声を優先し、教国を少しずつ、しかし確実に歪めていった。



いつからだろう。父の考えが、理解できなくなったのは。


そして、父の視線から、息子としての自分が消え、ただの「聖職者の一人」としてしか見られなくなっていたことに気づいたのは。


その記憶が、血に濡れながらもヴェゼルを庇い立ち続けるフリードの姿を見た瞬間、ふと胸をかすめた。


フリードは迷わなかった。理屈も、神託も、正義の言葉もいらない。


ただ、守るべきものがそこにあるから――それだけで、自分の身を盾にした。


だが今は、はっきりと違うとエスパーダは思う。血と痛みの中で、それでも誰かを守ろうとするその姿を前にして、彼は確信していた。


自分はもう、信仰と精霊の言葉に隠れて生きる存在ではない。守るべきものがあり、そのために手を汚し、傷を負い、選択する。


今の自分の方が、間違いなく人のために生きている――そう実感できている。エスパーダは危険を顧みず迷いなくフリードのもとへ駆け寄り、聖の魔法を重ねていく。


柔らかな光が裂けた肉を塞ぎ、致命傷は癒えていった。


だが、流れ落ちた血までは戻らない。フリードの顔色は青白く、呼吸も浅い。


それでも、フリードは剣を手放さない。


倒れかけた体を無理に支えながら、なおもヴェゼルの前に立とうとするその背を見て、エスパーダは静かに唇を噛み締める。


――この人こそが、父のあるべき姿だ。


そして、民を守ることを当たり前の務めとして背負う、本当の領主なのだ。


剣を振るう理由を誇らず、犠牲を美談にもせず、ただ守るべきものがあるから立つ。


その姿は、精霊の声に選ばれた者でも、神に祝福された者でもない。


それでもなお、人の上に立つに足る在り方だった。


――こういう人間こそが、真の英雄なのだ。


そして自分は今、その英雄の背に並び、同じく「守る側」に立っている。


その事実だけが、何よりも確かな現実として、エスパーダの胸の奥に深く刻み込まれていた。



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