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第396話 襲撃作戦の開始11

そして、周囲にいたクルセイダーは――例外なく、全滅していた。


血と肉の名残が階段に折り重なり、鎧は歪み、剣は折れ、誰一人として戦列を保ったまま倒れてはいない。そこへ、シャノンを先頭にして、プレセア、ソニア、エコニック、フェートンが駆けてきた。


だが、彼女らは即座に足を止めることになる。階段は、文字通り死体で埋め尽くされていたのだ。


踏み場がない。避けねば登れない。


やむなく彼女たちは速度を落とし、恐る恐る、死体と死体の隙間を選びながら階段を上がり始めた。踏み外せば、血に滑り、内臓に触れる。そういう距離だった。


濃密な鉄臭と腐臭が鼻腔を刺し、床に散った臓物が足元でぬらりと光る。その光景を目にした瞬間、さすがのプレセアとソニアも耐えきれず、喉を押さえて身を折った。嗚咽とともに、胃の中身を吐き出す。


エコニックとフェートンは言葉を失い、ただ目を閉じ、胸の前で手を組んだ。祈りというより、現実から目を逸らすための仕草だった。


そうして、ようやく――階段の上に辿り着く。


そこに立っていたフリードが、血に染まった床を背に、四人へ向かって短く頭を下げた。


「すまんな。敵が襲ってきたから、仕方なくな」


その声音は、あまりにも平坦だった。


エコニックもフェートンも顔色は真っ青で、言葉が出ない。


一方、プレセアは口を拭いながら、心の奥で冷静に思考を巡らせていた。


(……仕方なく、ですって?この数を、この惨状を、“仕方なく”で片付ける男がいる?)


それも一瞬で。二人だけで。これだけの数を、ここまで完膚なきまでに殲滅する。


(やっぱり……この親子は、絶対に敵に回してはいけないわ)


背筋に冷たいものが走る。(帰ったら、お父様に言わなきゃ。フォルツァは、この人たちと敵対してはならない。絶対に)


そして――その惨状を、ただ一歩も動けず、絶望の色を宿した瞳で見つめている集団があった。


高位聖職者たちだ。


脂肪をまとい、過剰な装飾で身を固めた者たちが、怯え切った顔で立ち尽くしている。震える膝を押さえ、口を開くこともできず、ただ呆然としているだけ。数は、およそ二十はいるだろう。


かつて権威を誇ったはずの者たちは今、血と死の前で、等しく無力だった。



すると、絶望に沈みかけていた聖職者たちの群れを、ひとりの男が静かにかき分けて前へ出た。


壮年。


背筋は伸び、無駄な肉のない身体を、磨き上げられた銀糸の法衣が包んでいる。血と腐臭に満ちたこの場にあってなお、その姿だけが不自然なほど整っていた。


エスパーダが、息を詰めるように呟く。


「……ウラッコ近衛聖職伯……隣国に遠征に行っていたのでは……」


その名は、この教国において特別な意味を持つ。


教国の武を体現する存在が、剣と信仰で編成されたクルセイダーならば――


魔を体現するのが、魔法聖職である。


彼らは聖職者でありながら、同時にこの国が誇る魔法戦力の中核。風と聖を主軸とした攻撃魔法を極め、戦場ではクルセイダーと対をなす“もう一つの最終兵器”と呼ばれていた。


そして、その頂点に立つ者こそが、ウラッコ近衛聖職伯である。


「最強の一角」そう称される理由は、単に魔力量や技量の問題だけではない。


彼と、その麾下に集う魔法聖職たちは――


聖と風の精霊から、直接的な加護を受けている。祈りは魔力となり、魔法は精霊によって増幅される。


同じ呪文であっても、その威力も速度も、常識の枠を逸脱する。高位聖職者たちが、息を吹き返したように叫び始めたのも無理はなかった。


その名が落ちた瞬間、場の空気が一変した。


「ウラッコ近衛聖職伯様だ!」「た、助かった……!」「ウラッコ様!どうか神の裁きを!」「この悪魔の親子に、精霊様の鉄槌を!」


高位聖職者たちから、歓喜にも似た叫びが一斉に噴き上がる。先ほどまで震えていた者たちの顔に、再び傲慢な光が宿った。


ウラッコ近衛聖職伯は、その様子を愉しむように一瞥し、やがてエスパーダへと視線を向ける。


「おや……そこにいらっしゃるのは、エスパーダ『様』ではありませんか。何を驚いているのです?」


そして皮肉な笑みを浮かべながら話を続けた。


「もしや、私たちが『どこかへ遠征に行っている』などという嘘を信じたのでしょうかね? この私が聖都を留守にするなど、ある訳ないじゃないですか?」


声音は柔らかく、だが言葉には毒が滲む。


「もっとも、今はあなたは“様”ではありませんでしたね。破門され、総主教様とも絶縁された身。……それでもノコノコと現れるとは、実に情けない。もしや総主教様にお金でも無心しに来られたのですか?」


嘲笑が、場を滑った。


エスパーダは、何も答えない。ただ、微動だにせず立っている。


そこへ、フリードが一歩前に出た。


「なんだ? ヴェゼルの言ってた聖職者の『中ボス』ってところか?」


剣を肩に担ぎ、獣のように笑う。「今ここで許しを乞うなら、殺さずに帰してやってもいいぞ?」


ウラッコは、くつくつと喉を鳴らした。


「私に、傷をつけられると本気で思っているとは……実に愉快ですね」


そして視線を巡らせ、次にエコニックを見留める。


「おや? エコニックさんまで。これはこれは……バルカン帝国に与した、ということでしょうかね? あまり民ばかりに執心していると、本当の真実を見極められなくなりますよ?」


その瞬間、高位聖職者たちが一斉に吠えた。


「売国奴め!」「やはりあんな者を聖女にしたのが間違いだったのだ!」「神への反逆者だ!」


だが、エコニックは一歩も退かず、背筋を正したまま言い切った。


「私は、どちらにも与しません」静かな声だったが、よく通る。


「私は、この戦争を“見極める”ためにここにいます。ここにおられるのは、フォルツァ商業連合国の公式外交使節代表と、その武官です。この方々は――この一連の事態が“戦争”であるか否かを見届ける、第三国の証人です」


その宣言に、ウラッコは眉を僅かに動かした。


「戦争……ですか?」


鼻で笑う。


「これが? 冗談でしょう。これは前座に過ぎませんよ。本当の“始まり”は、これから――あなた方を抹殺すること。戦争ではありませんよ。余興ですよ。ただの余興なのです」


そして、口角を吊り上げる。


「どちらにせよエコニックさん。あなたは、この薄汚い親子を神殿に引き入れた。ドブネズミのような暗殺者と教国を売った裏切り者の聖女……それが勢揃いとは、実に見応えがある」


その言葉を、フリードが真っ向から反論する。


「へぇ……この人が聖女かー? 知らなかったなー……な? ヴェゼル?」


台詞が棒読みだ。ヴェゼルはそのあまりの芝居下手に頭を押さえた。


そこで気を取り直したフリードが嘲るように吐き捨てる。


「勘違いするなよ。俺たちは誰かに導かれたわけでも、命令されたわけでもねぇ。ただ――俺の息子達とその婚約者…領民を襲えと命じた、総主教と風の精霊を」


剣を握る手に、力が籠もる。


「殺しに来ただけだ」


その宣言は、もはや対話ではなかった。


ここが“戦場”であることを、誰よりも雄弁に告げていた。







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