第41話 ふしぎな少年 ルークスから見たヴェゼル
ホーネット村は、ビック領の辺境にある小さな村であった。
だが近ごろ、この村の名が周辺の町や村でささやかれるようになっていた。
「ホーネット村の甘味や酒は旨いらしい」
「教育玩具なるものが売れているそうだ」
「どうやら、辺境の田舎にしては珍しく人が集まってきている」
その噂を耳にした若い行商人ルークスは、興味を覚えた。
彼はオデッセイの実弟にして、バネット商会の端くれとして各地を渡り歩いていた。兄弟の中でも自由気質な彼は、定住を好まず、街から街へと商いをしながら生活していた。
「ホーネット村……姉さんが嫁いだと聞いたが、なるほど、あの人のことだ。何か面白いことを仕掛けているに違いないな」
もう何年も会っていない。懐かしさもあり、噂を確かめたい好奇心もあり、ルークスは足を向けた。北風がそろそろ厳しくなりそうな森を抜け、村の入り口へと歩みを進めると――。
そこで出会ったのは、奇妙な光景であった。
村はずれの刈り取られた畑の一角で、まだ幼い少年が地面を掘り返しながら、大きな塊を引きずり出していた。隣にはちょっと年上の少年が焚き火の様子を見ながら手伝っている。
「トレノ、こっちのは少し緑色がかってる。これは多分食べられない」
「えっ? でも形はいいのに」
「緑色が出てるだろう? それは毒があるんだ」
ルークスは目を瞬いた。子どもが芋を掘るくらいは珍しくない。だが、その会話はただの子どもの戯れではなかった。
あまりに理路整然としている。
「おい、君たち」
声をかけると、小さな少年が振り向いた。澄んだ瞳の奥には、年齢に似つかわしくない落ち着きがあった。
「こんにちは。旅の商人さんですか?」
「まあ、そんなところだ。それより……それは毒根じゃないか? それは食べられないはずだぞ」
トレノがあわてて説明した。
「この子、ヴェゼルさま、、あっ、ヴェゼルって言うんです。毒根を食べられるか実験してみるんだって!」
(トレノは外ではヴェゼルに敬語を使わないでね。と言われています)
「おいおい、そんな危ない真似……」
だがヴェゼルは小さく微笑み、掘り出した芋を選別しながら、躊躇なく焚き火に放り込んだ。
ルークスが止める間もなく、数個の芋が炎に包まれ、やがて芳ばしい匂いがたちこめて、ほっこりと焼き上がっていく。
しばらく見ていると、「さあ、食べてみよう」と少年が言った。
「やめろ、腹が痛くなるぞ、最悪死ぬかもしれんぞ!」
ルークスは駆け寄ろうとした。
しかし、ヴェゼルという少年は冷静に熱々の芋を割り、芽の部分を取り除いた中心を口に運ぶ。
もぐもぐ、と噛んだあと、ふっと目を細めた。
「……ほんのり甘い。ちゃんと食べられる」
「な、なんだと……?」
ルークスは耳を疑った。
トレノも興奮してかじりつき、顔を輝かせる。
「ほんとだ! ほんのり甘い! おいしい!」
ルークスはごくりと喉を鳴らした。商人としての直感が告げる。
――これが本当なら、売れる。恐る恐るひとつを受け取り、口に運ぶ。
外は香ばしく、中はほくほく。ほんのり甘みが広がり、腹持ちもよさそうだ。
「こ、これは……」思わず言葉を失った。
ヴェゼルが淡々と解説する。
「ツルや葉っぱ、あと芽や緑色の部分は毒が強いと思う。でも、火を通した白い部分は食べられる。まだ安全性は確かめているところだけど、栽培すればきっと村の食糧になるはずだよ」
ルークスはその小さな少年をまじまじと見つめた。
――この子、ただ者ではないな。
「その知恵……誰に教わった?」
「……前に読んだ本に少しだけ載ってた。でも、ほとんどは試してみて分かったことです」
ルークスは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「これはすごい。いや、すごすぎる……!」
彼はその場で思わず叫んだ。
「この芋を、ぜひ製品化したい! 頼む、君の親に会わせてくれ!」
ヴェゼルは少し困った顔でトレノを見た。
小声で聞く。「どうする?」
「連れて行こうよ。オデッセイさんに会いたいって言ってるんだろうし」
案内された先は、領館の一角。そこには懐かしい人影があった。
「……姉さん!」
「ルークス?」
オデッセイが驚きの声を上げる。久々の再会だった。姉弟はしばし見つめ合い、やがて笑みを浮かべて抱き合った。
「どうしてここに?」
「行商の途中で村の噂を聞いてな。気になって立ち寄ったら……すごい少年に出会ったんだ」
そう言ってヴェゼルを指差すと、オデッセイは小さく微笑んだ。
「姉さん、この子……ただものじゃない! 村の子どもとは思えん。頭の回転が早すぎるぞ!」
すると、オデッセイは胸を張ってニヤリと笑った。
「でしょ! だって私の息子だもの!」
「…………は?」
ルークスの目が点になる。数秒の沈黙。
やがて、顔がみるみる青から赤へ変わっていく。
「え? えええええっ!? ということは……」
指を震わせながらヴェゼルを指さす。
「こ、この子は……俺の……甥っっ!!!」
あまりの声量に、隣にいたトレノがビクッと肩を揺らした。
オデッセイはケラケラと笑いながら、あっさり答える。
「そうよ。だから最初から甥だってば」
「いやいやいや! 最初から言ってくれよ! 心臓に悪い!!」
ルークスは頭を抱えてぐるぐると回り始める。
ヴェゼルは苦笑しながら小さな声で、「えっと……おじさん……よろしくお願いします」
その瞬間、ルークスはバッと止まり、涙目になりながら両手を天に突き上げた。
「甥が! 甥が俺に『おじさん』って言ったァァァ!!! よーし、この村に骨を埋める! 姉さん、甥っ子、俺の商魂すべて賭けるぞぉぉ!」
「……単純すぎるわね、ほんと」
オデッセイはため息混じりに笑い、場はすっかりゆるい空気に包まれた。ルークスは興奮気味に毒根の話を語った。オデッセイは頷きながら、ヴェゼルの洞察力を誇らしげに認める。
「この村は、きっと変わっていくわ。あなたも見ていけばいいわ」
ルークスは胸を打たれた。
姉が信じて支える少年、そして村全体に芽吹きつつある活気。
翌日、ルークスは村を歩いた。
川辺で洗濯する婦人たち、畑を耕す農夫、子どもたちの笑い声。素朴だが、どこか活気がある。
「ただの辺境じゃない……ここには、人を引き寄せる何かがありそうだ」
ルークスの心は決まった。
バネット商会に属するだけではなく、自らの支店を構え、村の発展に寄与するのだ。商人として名を上げる絶好の機会だと感じていた。
夕暮れ、領館の前でヴェゼルと並んで立つ。
「なあ、ヴェゼル」
「はい」
「俺はこれから世話になる。君には負けないように、商人としてこの村を盛り上げてみせるよ」
ヴェゼルは照れくさそうに微笑んだ
「楽しみにしています」
その小さな言葉に、ルークスは確信した。
――この村は、必ず栄える。
そして彼自身の新たな人生も、ここから始まるのだ。
商人としての血が、ざわめき始める。
「俺の人生をかけてもいい。この村には未来がある」




