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第387話 襲撃作戦の開始02

昨日の雪で聖都は薄雪に覆われた。町は白い息をつきながらも、どこか落ち着いた色合いを取り戻している。


とはいえ、この地の冬は滅多に深く積もらない。根雪になる日もあるが、膝を埋めるほどの豪雪など望むべくもなく、雪は薄衣のように石畳をなぞるだけだ。


そのため、城門の外へ続く森には、冬でさえ小さな人影も絶えなかった。寒風に枝を揺らす木々の間を、木の実や薬草を拾う子供達が駆け回り、薄雪に散る足跡は、一日のうちに何度も刻まれては消える。


「……大人に混じって、あれだけの子供が城門の外で採取しているんですね」


施術院の窓から外を眺めていたエスパーダが静かに呟く。


「冬の糧は、こうして自分達で拾わなければ生きていけないんです。よほど裕福ではない限り、みんな行きますよ」


フェートンも頷いてそれに答える。


冬でも実る木の実を拾っては家庭の夕食に、薬草は冒険者ギルドへ持ち込み、寒い季節をしのぐ収入源になるという。ギルドはそれを見越して、見回りの冒険者を配置しているらしい。薄雪に足音を刻む子供達の軽やかさの裏で、圧政の影が彼らの肩に忍び寄っているのは明らかだった。


エスパーダがヴェゼルの方へ向き直る。


「初日は……控えめに様子を見ましょう。城壁を出るのも、今日は一度だけにしておいた方ががよいでしょう」


「はい。あまり目立ちたくないしね」


ヴェゼルは頷き、収納箱に溜まった大量の圧縮した土を廃棄するため、姉役のプレセアとともに城門へ向かった。


プレセアは大きなリュックを背負い、背筋をしゃんと伸ばして歩いている。


「ヴェゼルちゃん、姉弟なんだから……ほら、手を繋ぎましょう?」


彼女が差し出す手は、どこか嬉しそうにニギニギしている。


「……まぁ、演技だけどね」


ヴェゼルは渋々手を伸ばす。だが握り返された瞬間、彼女が小さく息を弾ませたことに気づき、視線を逸らした。


今日は念のため、サクラはルドルフに預けた。余計な注意を引かないためだ。


城門近くには、すでに何組もの親子や子供の集団が並んでいた。何度も繰り返されている日常なのだろう。門番が木製の番号札を配り、子供達はそれを首から提げ、雪道を軽やかに走っていく。


プレセアもその所作を真似て木札を受け取る。門番は、姉弟としか見えない二人に特別な関心を示すことなく、淡々と視線を流した。


城門を抜けると、冷たい外気が頬を撫でた。


森までの十五分は、雪を踏む足音だけが二人の間を満たし、その間にも森へ向かう子供達の列は途切れなかった。


森の入口には、ギルド派遣の冒険者が立っていた。髭面の壮年の男性で、寒風にも負けずに腕を組んでいる。


「森の奥には入るんじゃないぞー」子供達へ低く響く声が何度も飛んでいった。


ヴェゼル達にも目が留まる。


「お、あまり見ねぇ顔だな。奥は危ねぇ。魔物に遭ったら大声だせ。すぐ行くからな」


プレセアは丁寧に礼を述べる。「ありがとうございます」


森の中へ入ると、子供達の気配は風の向こうに散り、木々のざわめきだけが残った。


ヴェゼルとプレセアはは周囲に視線を巡らせ、誰もいないであろう方向へと進む。しばらく歩いて、あらためて周囲を確認した。ここで目立ってはいけない。


ヴェゼルは小声で呟いた。「共振位相」


収納箱から出された土は微細粉末に砕け、薄雪へ静かに溶け込んでいく。散布前にその土を鑑定すると、わずかに銀の反応があった。


「……ほんの少しだけど、回収しておこうか」


ヴェゼルは塵も積もればなんとやらだ。そう思考して、その微量の銀を新たな小瓶へ移し替えた。


作業を終えると、プレセアが自然に手を差し出した。


「戻る時も……お姉ちゃんと手を繋ぐのよ、姉弟だからね」


「…………はいはい」


もうその手が差し出されることにも慣れてしまい、ヴェゼルは苦笑しながら握り返した。


先ほどの冒険者が二人を見つけ、軽く顎で合図した。


「お、姉ちゃん達。帰りが早いな。その袋……あんまり採れなかったな? まぁ最初はそんなもんだ。明日はもっと奥……いや、奥は駄目か」


冗談まじりの声に、プレセアも笑って頭を下げた。


城門へ戻る途中、ヴェゼルの視線がふいに止まった。


薄雪の上に、幼い姉妹が寄り添って座っていた。


姉はヴェゼルと同じ年頃。皮膚の半分は爛れ、髪も抜け落ち、片目は開けられないほど腫れている。


その妹はアクティほどだろうか。焦点を失って異様に窪んだ瞳、痩せ細った手足、なのに腹だけがふくれ上がり、栄養失調の典型そのものだった。


二人とも雪に直に座っているだろうに、寒さに反応すら見せない。胸の奥に、冷たい針のような痛みが走った。


声をかけたかった。


手を伸ばしたかった。


だが、今それをすれば視線がヴェゼル達に集まる。ここでは誰もが明日の生活に汲々としているのだ。潜入初日のこの状況で、彼女らになにか手を差し伸べるのは、非常に危険な行動だった。


ヴェゼルはぎゅっと唇を噛み、静かにプレセアの手を引いた。


城門で木札を返し、施術院へ戻る道を歩く間、胸のざわめきは消えなかった。




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