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第385話 土の精霊のおじさんの決断

サクラの涎事件により部屋中が妙な熱気に包まれていたその時、急に土の精霊が椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がって、髭をぶんぶん揺らしながら叫ぶ。


「わしは決めたぞい! ヴェゼル、お主と一緒に研究をすることにした!!」


その突然の宣言に、全員が一瞬息を呑む。


土の精霊は興奮のあまり机をどん、と叩き、さらに声を張り上げた。


「お主らは……バルカン帝国のビック領と言うたな!? この騒動が片付いたら、わしも一緒に行くぞい! 絶対じゃ! こんな面白い上に美味しい坊主、そうはおらんわい! 闇の妖精もおるでな!!」


どうやら“美味しい”はケーキの評価らしい。髭の先にクリームがついたまま言うから妙に説得力がある。


ヴェゼルは少しだけ引きつった笑みを浮かべながら、フリードに視線を合わせる。


フリードはその視線に気づくと、腕を組みながらあっけらかんと答えた。


「別にいいんじゃねぇか? なぁヴェゼル。サクラちゃんがもう居着いてるんだから、精霊や妖精が一人二人増えたところで同じだろ?」


「いや、その理屈はどうなんだろう……」ヴェゼルは心の中でそっと突っ込む。


すると土の精霊は鼻を鳴らし、少し真顔になった。


「ただしじゃぞ。わしは総主教がどうなろうが、風の精霊がどこかへ行こうが興味は全くない。その逆に、お主らの政治や権力にも一切関わらん。手伝いもしないし、口も出さん。わしは研究するためについていくのじゃ! それだけじゃ! 人間の政治だの権力争いだの……まっぴらごめんじゃわい!」


フリードは即答した。「安心してください。俺も政治とかは苦手だからな!」


「それはそれでどうなんでしょうか……」エスパーダが小声で頭を抱える。


だが土の精霊は満足げに頷いた。


「よし! では、このゴタゴタが終わったら合流しようかの!」


ヴェゼルはふと考えた。(土の精霊様は……ブガッティさんと気が合いそうだな。絶対この二人、朝まで研究語りするやつだ……)


そんな不思議な未来図を思い描いたところで、土の精霊は奥の倉庫に行き、穴の土に手を触れ、ずぶずぶと土の中へ沈んでいった。


「では、また近いうちにのー!」


その声だけを残して、神殿内の自室へ帰っていくのだろう。


精霊が去った後、部屋は一気に静まり返った。


全員がソファや床に半ば魂の抜けたような姿勢で座り込み、天井を見つめていた。


(……なんか今日は情報量が多すぎるな……)ヴェゼルも心の中で呟き、そっと項垂れる。




夕暮れが差し込みはじめた頃、扉が勢いよく開いた。


「ただいま戻りましたー!」


両手いっぱいに食材を抱えたプレセアと、その後ろで軽々と両手に袋を持つソニアが部屋に入ってきた。


二人は瞬時に全員の状態を見て動きを止めた。プレセアが眉をひそめて言う。


「え? なにこれ。なんで全員こんなに、だらけてるの?」


ソニアは周囲を見回すうちに、倉庫の方の妙な気配に気づく。


「あれ……奥の倉庫……なにか変じゃありませんか?」


小走りで行って戻ってきたソニアは、真顔で報告した。


「……床、巨大な穴が開いているんですが……どういうことでしょう?」


当然返事はない。全員、遠い目をしていた。


プレセアとソニアは同時に顔を見合わせ、同時に小さく言った。


「「……え、なにがあったの……?」」


――その答えは、おそらく誰にも整理できていなかった。


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