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第384話 サクラのあれは聖水説?

暖かい灯りの満ちる部屋で、ヴェゼルと土の精霊は金属と魔力の関係について話を続けていた。


精霊は長い髭を撫でながらうんうんと頷き、ヴェゼルは試作品の指輪を指で転がしながら、自分の記憶にある現世の金属構造の理論をかみ砕いて説明していく。


議論の熱を帯びた空気の中で、サクラはいつの間にかお腹がいっぱいになったのか、ヴェゼルの頭に乗り、ふわふわと眠気に負けていた。


「……んぅ……ヴェゼル……あったかい……」


サクラの声はすでに半分寝言で、次の瞬間には完全に眠りに落ちていた。


土の精霊が目を丸くする。


「お、お主……闇の妖精が、そこで寝るのを許しておるのか? 精霊も妖精も、眠りはもっとも無防備。普通は誰彼かまわず見せぬものぞ」


「え? いや、普通に毎晩一緒に寝てますけど……朝はサクラの涎まみれになってるし……」


ヴェゼルが淡々と言うと、逆に土の精霊が固まった。


そこにエコニックとエスパーダが加わり、今度は教国の近況や他の精霊たちの様子の話題へ移る。


土の精霊は少し面倒くさそうに肩を竦めた。


「聖の精霊とは、最後に会ったのは……三、いや四十年ほど前か。あやつは何をしてるのかさえもわからぬ。風の精霊は元々、聖の精霊の従者のようなものだったが、今どうしておるかまでは知らんな。わしは風の精霊の間に居候しておるのだが、毎日研究しかしておらんのでな。まぁ、雑務の類は全部押しつけておるが」


「押しつけ……」エコニックが苦笑する。


そんな会話の横で、ヴェゼルはプラチナの指輪へ魔力を込める実験を続けていた。


魔力を流すたび一瞬だけ光るが、すぐに霧散してしまう。これが土の精霊が言っていたプラチナに魔力を込めても滞留は無理ということかと。


(そういえば……金属って、分子じゃないよな)


現世の知識が脳裏をかすめる。分子結合ではなく金属結合のはずだ。結晶構造。現世の死ぬ間際に見たニュース。ちょうどその分野で、ある世界的な化学賞を日本人が受賞して大騒ぎになっていた。それを思い出して金属の原子と原子の隙間に魔力を染み込ませるイメージをしていく――。


ヴェゼルはイメージが固まった瞬間に息を整え呟く。


「……共振位相…」音もなく空気が震える。


土の精霊の髭がぼふっと逆立った。


「な、なんじゃ今の感覚は! 大地そのものが震えたような……!」


次の瞬間、ヴェゼルが握るプラチナの指輪が柔らかい光を発し、魔力を内部に保持したまま落ち着いた輝きを残した。


ヴェゼルが鑑定するとそこには「プレミスの指輪」と名が表示されていた。


その鑑定の呟きを聞いた土の精霊は目を大きく剥き出し、震える声を漏らす。


「ば、バカげておる……金属のプラチナが魔素を含んだだと……? 世界法則の書き換えではないか……!」


ヴェゼルは苦笑しながら指輪を眺めた。


「でも……ミスリルには、妖精の涙が足りないんですよね。サクラをこれのために泣かせるのはさすがになぁ……」


「それはそうだな。そのためにサクラちゃんを泣かせるのはかわいそうだぞ」


フリードも即座に頷く。


そのサクラはといえば、部屋の暖かさに完全に侵食されてしまい、ヴェゼルの頭の上で腹を出して大の字で眠っていた。精界の尊厳とはなんだったのかという姿である。


皆が苦笑したその時、その気配を感じたサクラがもぞもぞと寝返りを打ち、大きく開いた口から、いつもの涎がつー……と落ちていった。


「またかよ……」


ヴェゼルは咄嗟に手で受け止める。今日はなぜか量が多い。


受け止めたその手が、たまたま“プレミスの指輪”にふれた。


――瞬間、指輪は虹色に弾けるような光を放った。


「なっ……!」土の精霊がソファからずり落ちそうになる。


光が静まると、指輪は先ほどとは全く別の輝きを帯びていた。


ヴェゼルが恐る恐る鑑定する。


「……ミスリル製の指輪?」


低く呟いた瞬間、部屋の空気が凍りつく。


土の精霊は絶叫した。


「よ、涎でミスリルに変化!? 闇の妖精、恐るべし!! 涙どころか涎で伝説級金属とはどういう理屈じゃ!!」


横でフリードがエスパーダに小声で言う。


「なぁ……涙じゃなくてもいいなら……そうすると、体液…汗でもいいんだろうし……あの…その……おしっ――」


その瞬間エスパーダが無言でフリードの口を塞いだ。


「フリード様、それ以上は国家の尊厳に関わります。その発言はやめてください」


悲しそうにフリードが頷いて黙る。


ヴェゼルは頭を押さえながらふと考える。


(……俺、毎朝サクラの涎がかかってるよな。もしかして俺の体もどこかおかしく、いや、進化してないよね……?)


サクラはというと――


「んへへ……あまいの……もっと……」


と幸せそうに寝言を言っていた。


部屋にいた全員が、なぜか妙に複雑な気持ちになったのだった。

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