第382話 土の精霊のおじさん02
土の精霊はヴェゼルの左手に嵌められた白い光沢の指輪へと視線を落とした。
精霊はまるで土塊をつまむような仕草で、少年へ問いを投げる。
「……その指輪。先ほど言っておった“プラチナ”で拵えたもののようだのう。まことであろうか。お前さんの共振位相で土から白き金属のみを抽出し、収納箱でまとめた……そういう理解で良いのかのう?」
ヴェゼルは静かに頷いた。
「はい。厳密ではありませんが、土中に散っていた微量成分を鑑定と収納で集めて、それを取り出して共振位相を使っててあの形に生成しました」
精霊は唸るように目を細め、その指輪を惜しむように眺めた。
「やはりのう……。わしも、ごくわずかではあるが白き金属を抱えておる。しかしあれは柔らかい。飾りならともかく、武具にすれば刃こぼれがひどく、曲がって戻らぬ。昔、一度は諦めた金属よ。いろいろ混ぜてみたが、分量も理合も見えず、無念でな……」
ヴェゼルは少しだけ視線を落とし、記憶の底を探った。
「確か……うろ覚えですが、プラチナを九割ほどにして、残りを白金族の金属――パラジウムと、ルテニウム、そしてイリジウムという金属を“微量ずつ”混ぜると、強く締まった金属になるんだったと思います。混じり方によっては、刃物などには向きませんが、防具や装飾具として十分に硬くなるはずです」
その瞬間、土の精霊の顔がぱっと明るくなった。
それは大地の奥で温かな泉が湧くような、素朴で純度の高い歓喜だった。
「……ほほう! 初めて耳にする理であるな! 白金の一族をそのように使う道があったとはの。混ぜ物の“匙加減”さえ掴めれば、わしの手でも形にできるのう!」
精霊はぐっと身を乗り出し、さらに問う。
「他にも、金属に理はあるかの?」
ヴェゼルは、少し考えた末に口を開いた。
「はい。これは鉄の話ですが……鉄に、炭素を一%未満だけ加えると“鋼”になります。
ただ混ぜるだけでなく、叩いたり、圧をかけたりして内部の隙間を潰し、組織を締めることで、鉄よりも折れにくく、曲がらず、そしてよく切れる金属ができるはずです。確か遠く東方の国では“玉鋼”と呼ばれる金属になると聞いたことがあります」
土の精霊は、今度こそ歓喜を抑えきれなかった。
「叩いて……組織を締めるじゃと? 金属は、ただ溶かして固めるだけではないのか! そのように“鍛える”ことで、地の理そのものが変わるとは……面白い、面白いぞ少年! これは試さねばならぬな!」
精霊は土煙のように震え、地面そのものが喜びを共有しているかのようだった。
ヴェゼルは微笑み、指輪を軽く撫でながら、静かに息をついた。
「……ええ。もしお役に立てるなら、いくらでもお話ししますよ」
精霊は満足げに頷き、声を低めて呟いた。
「大地は、よき知恵をくれる者を嫌わぬ……お前さん、ますます気に入ったぞ」
土気がふるりと震え、先ほどから興奮気味だった土の精霊は、今度は申し訳なさそうに身体を縮めた。大地のざわめきが静まると、精霊はどこか照れを含んだ声で問いかけてくる。
「……わしばかりが訊ねては、片手落ちじゃの。お主にも、気になることはあるじゃろう? 聞いてみてもよいぞえ?」
ヴェゼルは指先を口元に当て、ふと“異世界物の定番”を思い出した。
半ば冗談、半ば興味で、しかし真面目な声音で尋ねる。
「では……この世界には、“ミスリル”や“オリハルコン”のような特別な金属は存在するのでしょうか?」
その名を聞いた瞬間、土の精霊は懐かしい古記を思い出すように目を細めた。
「……その名に近しい概念なら、かつて耳にしたことがある。アトミカ教の初代教皇――あれは全属性の魔法を極めんとした変わり者よ――が、まさにそれを生み出そうとしての。だが結局は断念したと伝わっておるよ」
ヴェゼルは姿勢を正し、さらに問いを重ねてしまう。
「もしや、ミスリルは……銀に魔鉱を混ぜるとか、魔力を纏った鉱石から精錬するとか、そういう類のものでは?」
土の精霊は小さく首を横に振った。
「惜しいがの……この世には“魔力が自然に宿る金属”というものは、今は確認されておらん。初代教皇もそこを突破しようとしたのじゃが、どうにもならなかったそうじゃ」
精霊は地を指でなぞるようにして、その理を続けた。
「初代教皇が突き止めたのは先ほどお主が言っていた、“プラチナ”という白金の金属が、他のどの金属よりも魔力と相性が良いという事実だけじゃ。」
「実際、魔力を込めること自体はできる――じゃが問題は“滞留”よ。魔力が金属の内部で留まらず、外へとすぐに漏れ出てしまうのじゃ。器は受け入れるのに、抱えてはくれぬ……妙な金属よな」
ヴェゼルは自身の指輪に宿る光沢を思い浮かべながら、静かに息をついた。
「つまり、“魔力を蓄え続ける金属”にはできなかった……と」
土の精霊は深く頷いた。
「うむ。わしも試したが、同じ結果じゃ。魔力を流し込めば白く輝くが、離した途端に零れるように消える。そして――その成し得なかった“魔力を込めたプラチナ”のことを、古くからプレミスと呼んだそうじゃの」
その名はどこか、澄んだ鐘の音のように響いた。
「じゃがの、初代教皇はそこで一つの仮説を残しよった。全属性を持つ闇の精霊じゃ。“もしも、魔力を込めたプレミスに――闇の精霊、もしくは闇の妖精の涙を垂らすことが叶えば、金属は変質し、魔力を滞留させて、真なる《ミスリル》になる”……とな」
ヴェゼルは思わず目を瞬いた。
「……闇の妖精、ですか」
「うむ。"闇"は当時は伝説の存在とされ、誰も接触できなんだ。ゆえに仮説は仮説のまま、歴史に沈んだ。そもそも“プレミスを魔力の器にできぬ”という問題も残ったままじゃしな」
そこでヴェゼルは、そっと視線を横へ滑らせた。
その先にいた小柄な影――闇の妖精サクラは、ぷいと顔をそむけて言い放つ。
「知らない! ずっと森で寝てたから知らないもん!」
土の精霊はその反応にぽかんとしたが、ヴェゼルは小さく笑って肩をすくめた。
大地の気配が微かに揺れ、精霊はどこか感心したように二人を眺めるのだった。
土の精霊のおじさん、、
この辺は2話程度でさらっといくつもりが、
多くなってしまいました。。




