第381話 土の精霊のおじさん
部屋に戻ると、古びた木材と乾いた薬草の匂いがまだ残る簡素な応接間で、ヴェゼルたちはそれぞれ腰を下ろした。
ソファはぎしりと軋むが、土の精霊はそんなことに頓着する様子もなく、どかりと座り込んだ。姿はどう見てもドワーフのおじさんで、その身体に絡むような濃い髭が胸まで伸びていた。
つい先ほどまであれほど緊張し、戦の匂いすら漂わせていたルドルフはヴェゼルの横に座り、シャノンはソニアの帰りを待つのか大人しく暖炉の脇の絨毯で丸くなっていた。
フリードもエスパーダも、剣に添えていた手をようやく離した。どうやら土の精霊は、戦闘には欠片の興味もないらしい。
台所ではエコニックが火を熾して湯を沸かすらしく、棚の奥から茶筒のようなものを出している。
匂いを嗅いでいるところからすると、それが飲めるかどうか怪しいものなのかもしれない。誰かが飲んだのを確認してから、ヴェゼルも飲もうとひっそりと思うのだった。
その間に、土の精霊は早速ヴェゼルへと身を乗り出すようにして話し始める。
「お前さんよ。先ほどの掘り方──収納魔法で土を吸いながら掘ると言うたな。あれはどういう理屈じゃ?」
ヴェゼルは落ち着いた声音で返す。
「そのままです。土塊をすべて収納箱へ送り込みながら掘っていました」
土の精霊は鼻鳴りとも唸りともつかぬ声を漏らした。
「それが妙なのよな。普通、収納とは“形の定まった物体”を触れて取り込むものでな。土のように無数の粒の集合体となれば、なおさら“個を把握”できん。触れなければ収納できぬ。……お前さん、どうやっておる?」
「自分の収納魔法は、触れなくても“見ている範囲”なら収納できます。そして遠くに出すこともできるんです」
さすがの土の精霊も眉をひそめた。ヴェゼルは続けて、土の構成に軽く触れる。
「土は単純です。無機物、有機物、水、空気。それに風化した岩石が崩れた砂やシルトや粘土。主な元素は酸素、ケイ素、アルミニウムなど。つまり、自分の鑑定を使えば“何でできているか”は一目瞭然ですからね。後はそれを収納するだけです」
精霊は「ほう……」と髭を撫で、興奮を抑えきれぬ様子で小刻みに揺れていた。
「鑑定と収納……どちらも常軌を逸しとるわい。いや、お前さんはほんにおかしな子じゃ。稀有どころか、ちと異質じゃな」
エスパーダが頷き、フリードは「だろうな」と肩を竦める。
しかし土の精霊は話を止めず、さらに核心へ踏み込む。
「じゃがの、お前さん……掘れば掘るほど土は柔らかくなって膨らむ。そうすると容量が何倍にもなり、すぐ収納箱が満杯になるはずじゃ。それでも一度にかなりの距離を掘り進めるのじゃろう?」
ヴェゼルは軽く頷いた。
「一度に大体二十メートルほど掘り進めると思います。収納魔法が“進化”して、共振位相という魔法を授かりました。物質の組み方を再構成する……そんな魔法です。形を変えたり、密度を上げたりできるので、掘り進みながら共振位相で圧縮しながら収納しています。だから、土の容量がそのまま収納できるから、そんなに圧迫しないんです」
その言葉を聞いた瞬間、精霊の瞳孔のような黒い窪みがぎらりと光った。
「……な、なんと……! 物質を組み替える? 圧縮? そんな芸当、人の魔法では聞いたことがないわ! お前さん、本当に人か? いや、どうでもええ! もっと聞かせい!」
土の精霊はずいとヴェゼルへ身を寄せ、膝をどんと打った。
「その魔法、わしも欲しいわい。わしは土そのものなら自在に操れるが、それは“土”であるがゆえじゃ。お前さんのように、土の成分を解析して組み直すなんぞ……そこまで器用な真似、精霊族とてそうそうできんであろうの」
フリードが呆れたように苦笑した。
「……土の精霊様、あなたほどの力でも、その域には届かんのか?」
土の精霊は胸を張って言い切った。
「わしの魔法は“土という物質そのもの”に紐づく。じゃが、この坊の魔法は“仕組みそのものをいじる”魔法よ。違うのじゃ。質が」
その声音は嫉妬とも羨望ともつかぬ、妙な熱を含んでいた。
ヴェゼルは居心地悪そうに少し身じろぎしたが、精霊の興味は尽きる気配がない。
「共振位相か……ふむ……まったく、闇の妖精とつるんでおるだけはあるわ。妙ちきりんな力を持ちおって」
だが、土の精霊の視線は終始ヴェゼルを離さず、髭を揺らしながらニヤリと笑った。
「坊。わしはの……お前さんにとことん興味が出てしもうたわ」
その声音には、どこか厄介な、またどこか頼もしい気配が宿っていた。




