表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

398/494

第380話 遭遇

フリードはヴェゼルが掘り進めた穴の縁に片足をかけ覗き込んだ。


微かな湿気がふわりと上がり、土の匂いが鼻をかすめる。重い腕組みのまま、低く言った。


「……実際に入ってみないことにはな。どれほどの幅があるか、俺の身体で確かめた方が早いな」


その声音は、ただの確認というより、己の目で見なければ気が済まないようだった。


ヴェゼルは淡々と頷き、倉庫にあった縄梯子を押さえながら身を引く。


「頭上だけは、少し狭いと思いますよ」


フリードは息を短く吐き、肩をすぼめて降り始めた。


七十センチ幅の通路は、横には余裕があるものの、天井はしゃがんでも頭に迫るように低い。小柄な者ならばさほど気にならない狭さも、フリードのようなのえ上げられた身体には窮屈そのものだ。


地に足を付けた瞬間、フリードは首をひねりながらうっすら苦笑した。


「……まあ、これくらいなら、這って通れないことはなさそうだな。俺の肩幅を基準にすれば、エスパーダさんも問題はないだろう」


それでも彼は、すれ違いや休息に難儀するであろうと判断したのか、奥を指差した。


「途中に、ひとつ広い空間を作ってくれないか? 何かあった時の退避場所としても使えそうだ。七十センチじゃ、ひっくり返ることもできないしな」


ヴェゼルはその提案に頷いた。


「そうします。強度も、その場所だけ補強を厚くしておきますね」


そうして二人が床下の二メートル四方の空間へ戻り、次の工程を話していたまさにその時──


頭上の穴の入口から二つの黒い影が、まるで弾かれた矢のように飛び込んできた。


ルドルフとシャノンだ。


着地と同時に、二匹は東──神殿のある方向へ身体を向け、ルドルフは毛を逆立て牙をむき出し、低い唸りを響かせた。シャノンは尻尾をピンと立て、倍以上に膨れている。空気がわずかに震えたように感じられるほど、緊迫した声音だった。


『ヴェゼル! なにか来る!』ルドルフの念話は鋭く震えた。


シャノンもそれに重なるように叫ぶ。「みんな、構えて!」


その言葉と同時に、地面がかすかに沈むように揺れた。


揺れは短い。しかし、それだけで十分だった。空気の密度が変わり、目に見えぬ何かが室内に入り込んだような圧迫感が走る。ヴェゼルの胸元に潜んでいたサクラも、怯えたように震えながら叫んだ。


「や……やだ……! なんか来る、……精霊?」


そして──土が鳴動した。


本来音を持たぬはずのものが、確かに音を立てたのだ。


形を持つ前の土が自らを押し広げるような、低く湿った響きが空間全体を満たし、床下の土が盛り上がったかと思うと、次の瞬間にはそれが“形”になった。


土塊が人の姿を成し、厚い胴、どっしりとした脚、そして頑丈な髭を揺らす壮年の男がそこに立っていた。大地がそのまま生き物になるとは、こういう姿なのだろう。


「──我が土の領域を、勝手に穿つとは……何者だ」


声は、地の底から響くように重く、湿り気を含み、ひとつ響くだけで空気が震えた。


「我に断りもなく、この聖都で穴を掘り進めるとは、許しがたい」


そこにいたのは、紛うことなき土の精霊だった。


ルドルフもシャノンも毛を逆立て、フリードは鋭く剣を構え、エスパーダも即座に片腕で短剣を握った。武器を抜く音がひとつ混じっただけで、空間は一挙に戦場へと傾いた。


だが──


「やめてっ!!」


ヴェゼルの胸元から飛び出したサクラが、羽根を震わせながら精霊と仲間たちの間に割って入った。


小さくも強い声だった。


土の精霊はその光景に見開いた目を狭める。


「……ほう、妖精。むぅ……その気配、闇……の妖精か。珍しいこともあるものだ…」


精霊の声音は更に低く深くなり、周囲の空気が重く沈む。


ヴェゼルはその圧に耐えながら両手をゆっくり上げた後に、頭を深く下げた。


「すみません。断りもなく掘ってしまいました。事情があったにせよ、無断は無断です。この辺はあなたの領域だったのですね」


その直後、上から梯子が揺れ、土を踏む音が続いてエコニックが降りてきた。白い衣に土がついても気に留めないまま、彼女は精霊へ視線を向けた。


精霊はその姿を見ると、鼻を鳴らすように低音を響かせた。


「ほう……お前が、聖が“気にしていた”という聖女か」


エコニックはただちに地面に膝をつき、深く頭を垂れた。


「土の精霊様。無礼を働き、心からお詫び申し上げます。ですが……今の教国を正しい方向へ導くため、どうしても──」


しかし精霊はその言葉を未然に断ち切った。


「政治には興味はない。それは人の争いだ。そんなことよりも……掘ったのは、お前さんか?」


その眼がヴェゼルへと向けられる。ヴェゼルは嘘をつく意味もないと悟り、静かに頷いた。


精霊は腕を組み合わせるように動かし、低く唸った。


「我に気取られず、ここまでの深さを、これほどの速度で掘り進める者など信じられぬ。土の魔法ですら、ここまで急激には無理よな。……どうやったのだ?」


ヴェゼルは少し考えた後、言葉を選ばずそのまま真実を答えた。


「収納魔法で土を吸い込みながら掘り進めました」


「……収納魔法、闇の眷属の術よな。なるほど、面白い使い方をするのう……ふむ」


精霊は一瞬黙り、ふと、ヴェゼルの左手を見つめて動きを止めた。


薬指に光る白銀の輪──ヴァリーとの指輪。


精霊は歩み寄り、指先をその手でそっと摘んだ。冷たさよりも、どこか温い大地の感触があった。


「珍しい金属よのう……この光沢、白金…プラチナか……この国ではめったに見ぬ。お主がこれを?」


「プラチナという金属ですよね。自分で生成して、鍛えて作りました」


土の精霊はその輝きをじっと覗き込み、わずかに目を細めた。


「プラチナ……地の底、火と土が溶け合う境の、さらに奥深くにわずかに眠る金属か。わしでさえ、ほんの少量しか持たん。

……じゃが、この割合……それにこの量……それが違えばこれほどの硬度は出ないじゃろう。人が扱ったものとは思えんのう」


土の精霊はさらに続けた。


「この金属に魔力を込めてな、散らさずに保持させて、それに闇の妖精の涙を垂らせば、“ミスリル”になる──古い言い伝えよ。真か嘘かは知らんがのぉ」


その声は、どこか愉しげですらあった。これは誰に聞かせるでもなく発した言葉なのだろう。


戦の気配はもはや完全に消えていた。


エコニックが静かに口を開く。


「もしよろしければ……地上に上がって、お話しできませんか? 土の精霊様」


サクラがすかさず羽をふるわせながら言った。


「そうよ! 私のヴェゼルのお菓子はすっごく美味しいの! 人間のお菓子なんて食べたことないでしょ!」


その一言で、精霊の髭がわずかに揺れた。


「……ふむ。土の匂いが濃いこの場所は我には心地よいが……まあ、人間はそうでもなかろうて。それに、食べたことのない菓子とやら……それからその金属の話……聞く価値はありそうじゃ。よい、どこでも構わんぞ」


精霊はそう言ってゆったりと身体を揺らした。

思いもよらぬ訪問は、思いもよらぬ形で戦いを回避し、気づけば、彼らは土の精霊と同じ空間で息を整えていた。


これより始まるのは、脅威ではなく──対話であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ