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第376話 道中での遭遇16

道行は順調だった。少なくともヴェゼル以外は。いや、見方によっては、ヴェゼルのそれを人は幸せと言うのかもしれないが。


ヴェゼルはといえば、その日の朝も例によって馬車の中で女性陣に好き放題に弄ばれ、すでに魂の九割をどこかへ飛ばしていた。


四人掛けの座席に小柄なヴェゼルのための場所など初めから存在せず、彼は猫のシャノンと順番にフェートン、プレセア、エコニック、ソニアへと手渡されて膝に抱っこされる、なにか柔らかい儀式の供物と化していた。


初日はフェートンが抱っこ役の始まりで、ヴェゼルもはじめは抱っこされることを嫌がっていたし、女性陣も当初は皆、凶暴な子犬を扱うように慎ましい手つきでヴェゼルを抱いていた。


しかし、数十分も経てば完全に慣れ、今日はとくに機嫌の良いプレセアが彼の髪を三つ編みにしたりして、ヴェゼルはついに魂の十割が昇天し、“無表情の置物”へと昇華した。


その無抵抗さが逆に女性陣の創作意欲という名の好奇心を刺激し、気づけば身体のあらゆる部分を触られ、こねくり回され、昼休憩の前には見事に魂のない、完全なる殻だけの少年が出来上がっていた。


フェートンはいつの間にかヴェゼルを「ヴェゼルちゃん」と呼ぶまでに距離を縮め、わざと彼の頭に自慢の胸部を乗せたり、正面抱っこで顔を胸部に押しつけて赤くなる様を眺め、嗜虐心を満たしていたようだ。


エコニックも初めは恐る恐るだったが、三つ編みやら着せ替え(さすがにドレスだけは拒否された)を経るうちに完全に“お姉さん顔”になり、最後には正面抱っこでヴェゼルの背を、赤子のゲップを促すように優しくトントンしていた。


抵抗しようとしたヴェゼルも、なぜだかその“トントン”には抗えず、揺れと温かさが重なった途端に睡魔が襲い、最終的にはエコニックの肩を枕にして熟睡した。


目を覚ました瞬間の羞恥心は筆舌に尽くしがたく、その顔が熟れた果実のように赤くなるたび、女性陣の嬌声が舞い、さらに可愛がりは加速した。


もっとも、ヴェゼルの敗因は明確だった。


馬車に乗り込む際、あれほど強く拒んでいた“膝抱っこ旅”も、最初に受けたフェートンの胸の弾力とバインバインの破壊力、ついでではあるが膝の心地よさ。そして女性特有のほの甘い香りに触れた瞬間、少年としての、いや、男としての本能が「抗うな」と命じてしまったのである。


プレセア、エコニック、ソニアと続く膝と胸と匂いの違い。それらは妙に鮮烈で、ヴェゼルの理性を次々と沈め、もはや彼を無力な抱っこ人形へと育て上げるのにさしたる時間は必要なかった。


昼休憩で馬車を降りるとき、エコニックがぽつりと「歳下も可愛くていいものですね」と呟き、その横でフェートンが黙って深く頷いていた。


その静かな頷きは奇妙に落ち着いてはいたが、嵐の前の静寂というやつで、ヴェゼルの周囲がこのあと当然のように女性陣で賑やかになる未来を、誰より的確に予感させる出来事だった。



そして、聖都が近づくにつれ、人の往来は目に見えて増えていった。


フリードは御者席で馬車の中を想像し、どこか羨ましげに聞き耳を立てていた。


馬車の中からは「かわいい!」「三つ編み似合う!」「あら、ヴェゼルちゃん、私のこれ、気に入ったのね」「ここ触ってたら固くなっちゃったぁ」「…………ヴェゼルたんしか……勝たん」「「背中トントンしたら寝ちゃいましたわ」など、女性陣の声がとめどなく流れ出している。


ヴェゼルがどんな状態になっているのかは、想像すると少し心配だが、それ以上に羨ましいのが腹立たしい。


通りすがる商人や巡礼者が、馬車の横を通るたびにちらちらと視線を向けてくる。最初は女性陣たちの声のせいだと思っていたが、彼らの視線を見ていると、どうも違う。


視線の先は、フリードとエスパーダ。


「……なんだ、あれは?」と言いたげに、揃って首をひねっている。


昼食の休憩で馬車を止めた時、フリードはぼそりと漏らした。


「……なんか、ずっと変な目で見られてる気がするんだが」


エスパーダは肩をすくめて苦笑した。


「でしょうね。教国の高位聖職者が乗る馬車の御者が、“冒険者風”と“背の高一般人”では……どう見ても怪しいですよ」


エコニックが話を切り出す。


「……亡くなった兵士の鎧を、お借りしましょう。彼らも、教国の未来のために使われるのなら、本望でしょう」


その一言にフリードもエスパーダも手を合わせ、黙礼してから荷台に積まれた遺品のために回収した鎧を着込む。


エスパーダは――驚くほど似合った。身長が高いので歴戦の兵士と言われても違和感がない。


問題はフリードであった。


鎧が。


小さい。


明らかに小さい。


胸当ての金具は悲鳴を上げ、腕の可動域は限界で、立っているだけで“パツパツ感”が隠しきれない。


エコニックは口元を押さえ、なんとか真面目な声を作る。


「こ……こういう着こなしの兵士も……いなくはないと思います」


プレセアとソニア、そしてエスパーダは、目をそらして肩を震わせていた。明らかに笑っている。声だけは必死で殺しているが。


そこへトドメが飛んできた。


ヴェゼルの胸ポケットからこっそり見ていたサクラがフリードを眺め、首をかしげ、無邪気に一言。


「ねぇ、それ……ヴェゼルが前に作ってくれた“ハム”みたいね!」


ブッッッ!! エスパーダ・プレセア・ソニアの三人は、声を出さずに涙を流して笑い転げる。


彼らは全員、知っているのだ。ビック領でヴェゼルが味付けして燻した“筒状の形の魔物の燻製肉(本人だけはハムと言い張っていた紐で縛った肉塊)”の存在を。


フリードは肩を落とし、明らかに傷ついていた。


しかし兵士が残したマントを羽織ると、不思議なことに――


「……お、意外と見られる格好になったな」


たしかに、鎧のパツパツが布で隠れ、どうにか“屈強な兵士”の雰囲気が完成した。


エコニックが安堵しながら頷く。


「はい……これなら、聖都の中でも怪しまれませんよ…………多分……」


その後ろで、サクラが小声で呟いた。


「……でも中身はやっぱりハム……」


三人がまた肩を震わせる。


フリードは聞こえないふりをしたが、耳が赤かった。


こうして“鎧パツパツの兵士”の御者をしている馬車は、堂々と聖都へと進むのであった。





こう言うのは書いてて、たのしいですなぁ。。。

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