第375話 道中での遭遇15
しかし、エスパーダだけは表情を緩めず、胸の奥に沈むものを吐き出すように続けた。
「……ただ、一つだけ厄介な問題があります。ヴェゼルさんとフリード様が教国の首脳を討てば、その異様さと人数の少なさから、間違いなく戦ではなく“暗殺”と見なされるでしょう。他国からも、そしてバルカン帝国内部からも、非難は確実に向けられます。国境を越え、通達もなく、他国の首脳を殺したとなれば……通常は家族はもちろん一族郎党が連座責任を負います」
焚き火の爆ぜる音だけが、沈黙を押しひろげる。
「爵位剥奪、投獄、斬首……どれも珍しい話ではありません。そして……エコニックさん。あなたも帝国の暗殺者の協力者として、同罪に問われる可能性が高い」
重苦しい言葉が落ちた瞬間、空気がさらに冷え、夜風が焚き火の熱を奪うように流れた。
エスパーダの声が結論となって沈み――場に残ったのは、考えねばならないという重い現実だけであった。
「ゆえに――“これは暗殺ではなく、教国による武力侵攻への報復であった”と証明するためには、確実な証拠を確保する必要があります。そのために最も確実なのは、それを指示した文章を入手するか、ビック領襲撃を指示した者の生きた証言を得ることです。しかし、総主教と風の精霊を討たずに確保するのは、我々の人数を考えれば極めて困難です。他にも方法はありますが、事前準備もなしではそれも並大抵のことではありません」
焚き火の炎が、緊張の色を人々の顔に映し出す。
ヴェゼルは少し身を乗り出して、低く問いかけた。
「……具体的には、どのような方法でしょうか?」
エスパーダは静かに答える。
「教国でもバルカン帝国でもない、身元の確かな他国の政府高官――第三者の立場を持つ者が、我々の行為を証言してくれることです。それがなければ、正当な戦争としての認定は不可能です。例えば、クルセイダーを差し向け、魔物をけしかけたのは教国だ――だからそれに対しての反撃を行ったということを、外部から立証できる者が必要なのです」
卓を囲む全員の顔が、自然に難しい表情に引き締まった。
その沈黙を破ったのは、卓の端に座る小さな声だった。
「……あ、あの……」
プレセアが控えめに手を上げる。普段の天真爛漫さは影を潜め、どこか怯えたような表情であった。
「実は……言いにくかったのですが、私……フォルツァ商業連合国の大評議長、ファスター・チェロキーの娘なのです。本来は、この領の発展や皆さんの様子を見極め、友好関係を築けるかを父から見定めるように、と言われてこちらへ来ました。そして――ビック領へ渡す“信書”を父から預かっていて、その権限として、“公式外交使節”の権限をもらっています」
ソニアもシャノンを膝に乗せながらも、肩をすくめて居心地悪そうに小さく言葉を添えた。
「わ、私は……一応、大評議長より“商業連合国の武官”として任命を受けています……」
その瞬間、エスパーダの瞳が大きく開かれた。
「……これは、非常に重大なことですよ。もしも彼女らが証言してくれるならば、フォルツァ商業連合国は中立国家として他国からも認識されています。プレセアさんの証言は、国際記録として扱われます。ソニアさんの武官資格があれば、戦争行為の立会いも可能です――つまり、今回の行為は“暗殺”ではなく、彼女らが認めることで“正当な戦争”として認定されるのです!」
場の空気に驚愕が広がる中、プレセアは静かに小さく折り畳まれた信書を差し出す。
フリードが厳重に蝋で封をしてある信書を開き、高級な紙に書かれた流麗な文字を照らし出す。
『フォルツァ商業連合国 大評議長ファスター・チェロキーは、娘プレセア・チェロキーに“外交全権代理大使”の任を与える』
その文面を目にした瞬間、卓の上の空気が一変した。
フリードはにやりと笑みを浮かべ、エスパーダは肩の力を抜き深く息を吐き、エコニックは胸に手を当て、静かに目を伏せた。
こうして――外堀は完全に埋まった。
残るは、ただ進むのみである。




