第372話 道中での遭遇12
そして、エコニックはふと声を落とした。
「――そういえば、一体だけ“錬金の妖精様”がいらっしゃるのですが……」
ヴェゼルが首をかしげる。
「錬金……?」
「はい。ただ……こう言ってはなんですが……その……かなり変わった方でして。
どちらかというと――いじめられておられる、というか……。本来ならあってはならぬことなのですが……
錬金の妖精様には、その、上位存在である“精霊様”が存在しないのです。
そのため、精界では……忌避されておられるようで……」
言葉を濁すエコニックに、サクラがそっとヴェゼルを見る。
ヴェゼルは胸の奥に、小さな痛みを覚えた。
「……それは……どこか、サクラに似ている気がするね」
サクラは驚いたように瞬きし、少しだけ辛そうで、そして、ほんの少しだけ、嬉しそうな顔もした。
そんな中、ふとヴェゼルが首を傾げるようにして口を開いた。
「……聖の精霊様、というのは。どんな人なんですか?」
問いは素朴だった。だが、それを受けた瞬間、エコニックの表情がわずかに鈍る。いや、正確には言葉が、喉の奥で絡まった。
「……それは……」
彼女は一度、唇を結び、視線を前へと逃がした。慎重に言葉を選ぼうとする癖が、その沈黙ににじんでいる。
「近年では、聖女の宣託の際でさえ、直接お声をいただくことはほとんどありませんでした」
そう前置きしてから、ゆっくりと語り始める。
「私が聖女として名を告げられたあの時――聖の精霊様の宣託の呟きを、風の精霊様が私の名を神殿に響かせてくださったと聞いております。それが、聖の精霊様のお声を人が“聞いた”と記録された、数十年ぶりの出来事だったそうです」
ヴェゼルは黙って頷き、先を促す。エコニックは、胸の前で手を組み、少し困ったように微笑んだ。
「……私自身も、一度だけ、そのお姿を遠くから拝見したことがあります。ただ……」
そこで言葉が途切れた。しばらく逡巡した後、彼女は正直に続ける。
「人、と表現してよいのかも分かりません。そこに“いらっしゃる”はずなのに、気配が希薄で……視線だけが、どこか遠い一点に固定されているように感じました。私たちを見ている、というより――」
小さく息を吸う。
「何かを“選別”している途中で、たまたま視界に入る、という印象でした」
馬車の中に、微妙な沈黙が落ちる。サクラが無意識にヴェゼルの袖を掴み、ルドルフも耳を伏せた。
「心が、ここにない。そう言えばいいのでしょうか。そこにお姿はあっても、意識がこの世界に留まっていないような……そんな感覚でした」
エコニックは、少しだけ視線を落とす。
「ですから、普段の教義や神託は、すべて風の精霊様を通じて伝えられております。聖の精霊様の“意”を汲み取り、それを言葉として整え、総主教様へ告げる役目を、風の精霊様が担っておられるのです」
それは説明であると同時に、言い訳のようにも聞こえた。ヴェゼルは、しばし考え込むように目を伏せ、それから静かに呟く。
「……なるほど。人と話す存在、というより……」
「はい」
エコニックは、わずかに苦笑して頷いた。
「“人が理解できる存在”であることを、最初から放棄されている――そんなお方かもしれません」
まだ見ぬ神殿へと向かう道のりは、変わらず静かだったが、空気の重みだけが、確実に増していった。




