第371話 道中での遭遇11
夜気が落ち着いた野営地に、焚き火の明かりがゆらりと揺れていた。
エコニックは上衣を胸の前で整え、皆の視線が集まるのを確認してから、少しだけ息を吸った。
「皆さまは……教国の成り立ちや収納魔法、精霊様や妖精様のことをどのくらいご存じでしょうか?」
問いかけは慎ましかったが、どこか覚悟を含んでいた。
フリードが腕を組み、焚き火の向こうから唸る。
「名は聞くが、実態は……あまり知らないな。サクラが精界から距離を置かれていて、ヴェゼルの収納魔法が異端ってことぐらいしか…」
エスパーダも頷き、深い影を帯びた声で付け加える。
「収納魔法と精霊、それに妖精の研究は、教国では厳重な封印下にありました。私も……知っていることは限られてしまいます」
その静けさに背を押されたように、エコニックはそっと語り出した。
「私の父は今は総主教代理を仰せつかっていますが、元は研究者で……主に収納魔法と、その派生としての転移魔法、それと精霊様の探究を主にしておりました。
ご存じかは分かりませんが、アトミカ教の初代教皇カミア様は神に“魔法を定義させるため”に異世界から召喚されたと言われています」
ヴェゼルが眉をわずかに動かす。
「……定義、させるために?」
「はい。ここまでは知っている方もいるかもしれませんが――これ以降は禁忌に触れる話です。どうか、他言なさらぬよう……」
フリードとヴェゼルが重く頷き、エスパーダは顔を伏せた。
サクラだけが真剣に耳を傾けている。
エコニックは焚き火に照らされた横顔をわずかに曇らせて続けた。
「私の家には代々伝わるカミア様の記した禁書があるのです。そこにカミア様は……無理やりこの世界に召喚した“神”に、強い悪意を抱いておられたそうです。その神へ対抗するため、収納魔法を極め、さらに進化させれば“転移魔法”へ至ることを突き止めたのだそうです」
ヴェゼルは思わず息を呑む。
「……収納魔法は、そこまで……進化するのか…」
「はい。一度行ったことがある場所ならあらゆる土地への転移に留まらず、ある一定の条件を満たせば、次元の壁すら越えられる可能性があると……。
カミア様はそれを用いて、自分の元の世界へ帰還する研究を進めていたそうです。そして究極の目的は神の世界へ乗り込み、鉄槌を下すこと」
そこまで話すとエコニックが残念そうな声で呟く。
「しかし……その研究は未完で終わりました。カミア様の余命が尽きて……。そして、その残された研究を引き継いだのが――アトミカ教の、カミア様の研究の助手をしていた者を主体としたランザルプ派でした」
エコニックは少しだけ声を強めた。
「対してアトミカ教の主流派は、その価値を理解できず……収納魔法を物流に転用し、金儲けに走りました。
それに嫌気が差した人々と、そして精霊王国の崩壊で行き場を無くした聖・風・そして……あまり知られていませんが“土の精霊様”の庇護を得て、新たにトランザルプ神聖教国を建国したのです」
フリードが目を細める。
「精霊の加護で建国か……大した話だ」
「ええ。そして――我がトランザルプ神聖教国ですら、当初の意義を忘れその研究を片隅に追いやり、このような体たらくと成り果てました。総主教様の間の奥深くには、“妖精の間”と呼ばれる場所がございます。そこには主に、聖・風・土の妖精様が……百体ほど、いらっしゃいます」
サクラがぴくりと震えた。
ヴェゼルは横目で彼女を見て、小さく笑う。
「……サクラ、興味があるのか?」
「……ううん、……なんでもない…」
エコニックは続ける。
「妖精の間のさらに奥には、風の精霊様のお部屋。そして、その一角には土の精霊様も滞在されております。
土の精霊様は……とても変わった方で、政治や信仰、権力には一切興味がなく、ご自分の研究にのみ没頭されているようです」
「土の精霊様は、主に鉱物の研究をされていて、武器や防具、それらの“本質”を作り上げられるのです。
世に時おり現れる神器は、ほとんどが土の精霊様の手によるものだと……。
ご自身の部屋の管理すら煩わしいようで、風の精霊様のお部屋に、ずっと居候されているとのことです」
フリードは思わず苦笑する。
「……なんていうか、自由すぎだな」
「そして――最奥。そこに聖の精霊様がいらっしゃいます。
父の研究では、聖・風・土の三柱が揃っているからこそ、妖精の間で百を超える妖精様がいても調和が保たれている、と」
エコニックは指先で空をなぞるように説明した。
「聖の精霊様は“生命の維持・浄化・劣化の防止”
風の精霊様は“環境・光・季節・循環の制御”
そして土の精霊様は“特殊土壌と鉱物構造の創造”。
これらが重なり、あの空間は永遠の春の季節に留まっているのです。」
そしてエコニックはサクラをちらっとみてから告げた。
「……闇の妖精様は珍しいので、サクラ様には、きっと多くの妖精様が寄ってくるかもしれません」
サクラは目を丸くした。
「…………」




