第370話 道中での遭遇10
フリードの杜撰な計画は置いておき、ヴェゼルが考えていた作戦を伝えた。いつも間にかエスパーダやプレセアやソニアもヴェゼルたちに近づいて、焚き火にあたりながらこの話を聞いていた。
未だ試したことはない、と前置きをしながらも、その声には揺るぎがなかった。
ヴェゼルは淡々と、まるで既に手順が確立しているかのように語る。
「まず、地下へ潜って穴を収納魔法で掘り進めて行きます。収納魔法で土を吸い込み、細い穴を延々と延ばして神殿の真下へ潜り込むんです」
穴を掘り進むという発想自体が、常識の外側にあった。エスパーダとフリードはすぐに身を乗り出し、エコニックは両手を膝に添えたまま静かに聞き入る。プレセアは目を丸くしていた。
ただし、ソニアはシャノンがサクラと共にテントに入ってしまったので、その不在の寂しさを滲ませた表情をしている。ヴェゼルは心の中で、多分、自分の話は聞いていないだろうな………と思いつつ話を進める。
「理論値でいうとですね…」
ヴェゼルは指先で机上に、目に見えぬ図を描くような仕草をした。
「俺の収納容量は十平方メートル位ですから、幅と高さが七十センチほどの穴なら、一度に二十メートルは掘り進められます。ですが、掘り出した土は膨らむので、共振位相で圧縮し続けねばなりません」
説明は淡々としているのに、聞き手の背筋が次々と伸びていく。
「問題は、収納箱が二十メートルごとに満杯になる点ですね。その都度、聖都の外へ出て、廃土として捨てねばならない。一人の人間が一日に何度も聖都の城門を出入りするのは不自然でしょうから、一日の外出は一度、多くても二度が限度でしょう。ですが、それでも五日で百メートルは最低でも掘り進められます」
密度の高い推測の連続に、エスパーダは深く頷く。
「なるほど……神殿から百メートル以内に拠点が確保できれば、最も安全に侵入できるかもしれませんね」
ヴェゼルはフリードに視線を向けた。
「父さん、そろそろ作戦として詰めていきたいと思うのですが」
「うむ。話を聞けば聞くほど、実行可能性は高いな」
エスパーダも静かに言葉を添える。
「私も協力させていただきます。聖都と神殿構造については、話せる限りお伝えしましょう」
その後、エコニックの協力もあり、聖都の戦力が明らかになる。常時二千のクルセイダー、神殿には二百の精鋭。攻撃魔法を扱う者も二十ほど。そして――。
「風の精霊は総主教の私室の妖精の間の奥です。さらに奥が『開かずの扉』……聖の精霊がいると言われています」
エスパーダは、そう語りながらもどこか遠い目をした。
「私は会ったことがありませんが、近年だと、総主教様、エコニックさん、そしてタンドラ様のみでしょう」
ヴェゼルは静かに息を吐き、神殿に最も近い拠点候補について尋ねた。エスパーダは首を横に振ったが、フェートンが思い出したように口を開く。
「昔、老婆の薬師が店を構えていた場所があります。亡くなってからは、月に一度、聖女様が庶民の治療に使っておられました。そこなら……出入りしても不審には思われないと思うのです」
条件としては理想的だった。だがヴェゼルはすぐには頷かなかった。
「エコニックさん……そのような使い方をして、万が一露見したら、あなたにも害が及ぶ可能性がありますがいいんですか?」
エコニックは短く呼吸を整えると、真っ直ぐこちらを見返した。
「構いません。変わらぬものは腐り、捨てられぬ者は救えません。私は……何かを得るには、何かを捨てねばならないと教わりました。たとえ精霊様や総主教様、いえ……神の御心に背くことになったとしても――自分の信じた道を選びます」
その声には震えも迷いもなかった。
ヴェゼルはわずかに目を細め、彼女を見直したように息を静かに吸い込んだ。作戦は、ようやく現実味を帯びて動き始めていた。




